量子は経済安全保障の要に 内閣府が語る、量子活用の全体像とは
民間企業がユースケースの開拓を進める一方、政府も量子技術を国の将来に関わる重要分野と位置づけ、取り組みを強化している。基調講演では、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局で政策企画調査官を務める佐藤彰洋氏が、日本政府の量子政策の全体像を解説した。
政府が日本成長戦略で掲げる「17の戦略分野」、科学技術・イノベーション基本計画の「国家戦略技術領域」において、量子技術はAIや半導体と並ぶ中核技術に据えられている。その中でも「量子コンピュータ」「量子セキュリティ・ネットワーク(量子通信・暗号)」「量子センシング」の3つを“戦略的に進める技術分野”に指定し、それぞれロードマップを定めている状況だ。

佐藤彰洋氏は、政府が量子技術に注力する理由として、安全保障上の要請も大きいと指摘する。
「量子技術は産業振興だけでなく、既存暗号の解読リスクやGPS非依存のセンシングなど、経済安全保障・防衛において極めて重大なキーテクノロジーだ」(佐藤彰洋氏)
たとえば、高性能な量子コンピュータが実現すれば、現在インターネットなどで広く使われている公開鍵暗号が解読されるおそれがある。そのため、量子コンピュータでも解読が難しい耐量子計算機暗号(PQC)への移行や、量子力学の原理を使って盗聴を検知できる量子鍵配送(QKD)による通信網の整備が求められている。
一方の量子センシングは、原子などの量子的な性質を利用して、磁場や重力、加速度などを高い精度で測る技術だ。応用が期待される分野の一つが、衛星測位に頼らない位置の把握である。GPSなどの衛星測位は、電波の妨害や偽装を受けるおそれがある。位置情報が使えなくなったり、誤った位置が示されたりすれば、航空機や船舶の航行、部隊の移動などに支障が生じる。量子技術を使った高精度な慣性センサーで自らの移動量を正確に測れれば、衛星からの電波がなくても位置を推定でき、リスクへの備えとなり得る。
これら3分野の取り組みを進めるため、省庁横断の推進体制も整えられているという。内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が司令塔となり、総務省、文部科学省、経済産業省、外務省などの関係省庁が連携する。佐藤彰洋氏によれば、関係省庁は「週1回のペースで対面にて集まり、政策を一元化してスピード感をもって進めている」という。
役割分担としては、総務省がQKDを用いた量子暗号通信網の整備を、文部科学省が大学や量子科学技術研究開発機構(QST)、理化学研究所(理研)での基礎研究と人材育成を担う。経済産業省は産業化を担当し、産業技術総合研究所(産総研)の量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)などを拠点に、企業が量子コンピュータや関連部品を試作・評価できる環境(テストベッド)を整備する。外務省は同志国との連携を受け持つ形だ。
目標は2030年に利用者1000万人
政府は量子技術の社会実装に向け、具体的な数値目標も定めている。2022年4月に策定した「量子未来社会ビジョン」では、2030年に向けて、国内の量子技術利用者を1000万人に増やすこと、量子技術による生産額50兆円規模を実現すること、量子分野のユニコーンベンチャーを創出することを目標に掲げた。
佐藤彰洋氏によれば、この「1000万人」という数字には裏付けがある。インターネットは、利用者が人口の約1割に達したころから一気に普及が進んだ。その経験を踏まえて設定したという。
「インターネット普及期がそうであったように、人口の1割にあたる1000万人が量子を使う環境を作り、急激な普及曲線を再現する」(佐藤彰洋氏)
より長期の見通しとして、日本成長戦略では量子コンピュータによる経済波及効果について、2040年までに約127.5兆円と試算している。通信分野では、まず東名阪を結ぶQKDネットワークの社会実装から着手し、2040年には光電融合技術と連携した「オール光・量子ネットワーク(APQN)」の実現を目指す。
こうしたロードマップを実現するため、政府は予算の拡充を進めている。2027年度(令和9年度)概算要求では、前述の役割分担に沿って各省庁が量子関連の施策を盛り込んだ。内閣府も、省庁横断のエコシステム形成や国際連携を担う司令塔機能の強化に向けて、28.4億円を新規に要求している。成長戦略や安全保障に関わる分野へ重点的に予算を配分するため、同年度の概算要求で新設された特別枠「強く豊かな日本」投資枠を活用したものだ。
国際連携では、米国、英国、EU、ドイツ、スイス、デンマーク、オランダ、シンガポール、インド、オーストラリアの10の同志国・地域と協力覚書(MoU)などを相次いで締結している。2026年12月には名古屋で国際シンポジウム「Quantum Innovation」を開催する予定で、世界の量子エコシステムで中核的な役割を担うことを目指す。
講演後の対談では、中土井氏が「内閣改造や政権交代によって方針が変わるのではないか」と問いかけた。これに対し、佐藤彰洋氏は次のように断言した。
「政権や大臣が変わろうとも、日本の量子戦略は揺らぐことなく過去最大規模の投資で民間企業や大学をバックアップしていく」(佐藤彰洋氏)
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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