生活習慣を改善し、組織力を高める「ファシリテーション」
元気がないといわれる昨今の日本企業。「できない理由を見つけるのが上手い」「目的のはっきりしない会議が多い」「意思決定に時間がかかる」。あなたの職場に当てはまるものはあるだろうか?
長年にわたって組織のコンサルティングを手掛けてきた森氏によれば、元気のない組織には共通する「悪しき生活習慣」があるという。逆もまたしかり。元気な組織は「スピードに富み」「迅速に意思決定を行い」「素早く行動する」という生活習慣を持っている場合が多い。「悪い生活習慣を持つ組織では、どんなに優れた戦略を実行しようとしても業績があがらない。業績をあげるには、組織に良い生活習慣を付けることが先決だ」(森氏)
業績と組織の生活習慣の関係性をマトリクスで示すと下図のようになる。まずはA。組織の生活習慣が良く、業績も良い模範的な状況だ。可能であれば、この状況をずっと維持したいところだ。しかし、時には成功に奢って悪い生活習慣を身につけてしまうこともあるだろう。その状態を表しているのがBだ。「情報を分析しない」「分析しても実行しない」といった悪い生活習慣はゆっくりと、しかし確実に企業を蝕んでいく。
業績にまで影響を及ぶようになった状態をDは表している。この段階にいたって、多くの企業は高名なコンサルタントに依頼したり、優れたシステムを導入したりする。しかし、それは根本的な解決にはならない場合が多い。為すべきことは組織の生活習慣の改善。一見、遠回りに見えるかもしれないが、悪い生活習慣を脱却し、良い生活習慣を身につけることができれば、時間をおいて業績にも反映される。
しかし、悪い生活習慣を改めるのが難しいことも事実だ。そこで森氏が提案するのが「ファシリテーションを使った組織トレーニング」である。ファシリテーションとはコミュニケーションスキルの一つ。チームの一人ひとりに自ら考えさせることで、動機付けを与え、チームワークを醸成し、活力のある組織へと改革する技術を指す。
例えば、こんな具合だ。ある病院の外科部門では経営改善策の一環として、手術件数を従来の500件から600件に増やすよう求められていた。しかし、現場レベルでのミーティングでは、「手術件数を増やすと医療過誤が起きる」「混雑して病院の評判が落ちる」といったネガティブな反論が噴出。議論は堂々巡りを繰り返していた。
たまたま通りがかった森氏は状況を見かねて「ボトルネックを明らかにするためにプロセスマップを作ってみてはどうか」とアドバイス。すると、現場のメンバー達は「外科医の人数」であることは分かりきっていると即答したという。現在のスタッフは持てる限りのリソースを全て手術に投入している。今よりも多くの手術をこなすためには、より多くの外科医を現場に投入する必要がある。ただし、経営層は現場の人員を増やすことは拒むだろう。従って、現状を改善することはできないという結論だった。
そこで、森氏は「外科医がベストな環境で手術に専念できれば、どのくらいの件数をこなせるのか」と尋ねる。質問を受けたスタッフ達が日頃の業務を振り返りながら計算した結果、なんと1000件を上回る手術をこなすことができると算出されたという。振り返ってみると、外科医の勤務時間の半分以上は雑用に当てられており、それらが軽減されれば、より多くの手術をこなすことができる。本当のボトルネックは、外科医の人数ではなく日常業務の役割分担だということが明らかになったわけだ。
このエピソードの中で注目すべきは、森氏が具体的な指示や解決策を示していないということだ。「プロセスマップをつくろう」「外科医のベストエフォートを考えよう」といったヒントを与えることで、考えるプロセスにわずかな刺激を与えたに過ぎない。しかし、そのことによって外科医の頭に新しい課題設定が生まれ、自らの力で解決策を見出すに至った。
組織の生活習慣とは、結局の所、そこに属する人々が身につけている生活習慣の集合体に過ぎない。人々に新しい生活習慣を身につけてもらうためには、教育による一方的な押しつけではなく、本人達の気づきによって彼らの中にモチベーションを芽生えさせることが必要になる。実際、トレーニングを主導する「トレーナー」が持つべきスキルの筆頭として「ファシリテーション」が挙げられている。