翔泳社が7月16日(木)に刊行した『コンピュータネットワークとインターネット 第6版』は、コンピュータネットワークに関する分野を幅広く網羅した、全体を俯瞰できる解説書です。本書初版の邦訳が1998年、それ以降の版では邦訳がなかったため、この第6版は実に17年ぶりの邦訳となります。
著者のダグラス・カマーさんは初期のインターネット構築に関する研究を率いてきた、アメリカで最も有名なコンピュータネットワークの研究者です。原著も多くの評判を呼んでおり、情報工学系の学生には標準的な教科書の一つとなっています。
今回、そんな原著に目をつけられたのが、ご自身もコンピュータネットワークの全体像を体系的に学ぼうとしていた、本書監訳の神林靖さんです。とても勉強になったとおっしゃる神林さんですが、本書の特徴はどういうところにあるのでしょうか。
翻訳のきっかけは、勉強になったことを自身で実感したから
――神林さんはもともとコンピュータネットワークを研究されていたわけではないとのことですが、本書を翻訳しようとしたきっかけは何だったのでしょうか。
神林:私は昔からネットワーク関係の研究をやっていたわけではなく、翔泳社から出版された『独習コンピュータ科学基礎』シリーズにあるような、離散数学やチューリングマシン、形式言語学を研究し、大学でも教えていました。
私がやっていたのは移動ソフトウェア・エージェントを用いてスワームロボット(群ロボット)を制御する研究です。ただ、これらの分野は研究され尽くしていまして、少数精鋭で研究すればいいという状況になっています。
そんな中、3.11の震災のあと、ネットワークが切れたときにこうしたロボットを使うにはどうしたらいいのかと考え始め、アドホックインターネットの研究を知ったんです。これはネットワークインフラなしに、例えば携帯電話同士で通信をすることをいいます。ということで付け焼刃的に勉強して研究を始めたんですが、やはり論文よりもっと常識的な部分から勉強する必要がありました。研究チームに対しても面目ないですからね。
研究に必要な知識と自分の知識のギャップを埋めるべく、いろいろ書籍を探していたところ、本書を見つけたわけです。とても参考になったので、日本でもこの分野を勉強し始めている人には読んでほしいと思い、翻訳に取りかかりました。
コンピュータネットワークを勉強し始めた大学生向けの教科書
――すでに他分野で研究をされていた神林さんにとっても参考になったとのことですが、そもそも本書はどういう方を対象に書かれているのでしょうか。
神林:本書はコンピュータネットワークの初学者を対象にしています。というのは、大学の教科書として書かれているからですね。序文では情報工学科や通信工学科の3、4年生やこの分野のバックグラウンドがない大学院生が対象だと書かれていますが、日本だとこの分野を勉強しようとし始めている2、3年生でしょうか。プログラミングが分かっていることが前提ですので、1年生ではないでしょう。
また、すでにコンピュータネットワークの仕事をしている方でも、専門外の領域をざっと頭に入れておきたいときには非常に有用です。これだけ初めての方に分かりやすく書いている本はほかにはないと思います。
コンピュータネットワークの全体像を網羅
――本書はタイトルや目次を見れば一目瞭然のように、非常に広範な内容を備えていることが分かりますが、具体的にはどういう特徴があるのでしょうか。
目次
第I部 序論とインターネットアプリケーション
第1章 序論と概要
第2章 インターネットのトレンド
第3章 インターネットアプリケーションとネットワークプログラミング
第4章 伝統的なインターネットアプリケーション第II部 データ通信の基礎
第5章 データ通信の概要
第6章 情報源と信号
第7章 伝送媒体
第8章 信頼性とチャネルコーディング
第9章 伝送モード
第10章 変調とモデム
第11章 多重化と逆多重化(チャネル化)
第12章 アクセスと相互接続技術第III部 パケット交換とネットワーク技術
第13章 ローカルエリアネットワーク:パケット、フレーム、トポロジー
第14章 IEEE MAC サブレイヤ
第15章 有線LAN技術(イーサネットと802.3)
第16章 無線ネットワーク技術
第17章 リピータ、ブリッジ、およびスイッチ
第18章 WAN技術と動的ルーチング
第19章 ネットワーク技術の過去と現在第IV部 TCP/IPを使用したインターネットワーク
第20章 インターネットワーク:概念、アーキテクチャ、プロトコル
第21章 IP:インターネットアドレッシング
第22章 データグラムの転送
第23章 サポートプロトコルと技術
第24章 UDP:データグラムトランスポートサービス
第25章 TCP:高信頼トランスポートサービス
第26章 インターネットのルーチングとルーチングプロトコル第V部 コンピュータネットワークの他の概念と技術
第27章 ネットワークの性能(QoS とDiffServ)
第28章 マルチメディアとIP電話(VoIP)
第29章 ネットワークセキュリティ
第30章 ネットワーク管理(SNMP)
第31章 ソフトウェア定義ネットワーク(SDN)
第32章 モノのインターネット
第33章 ネットワーク技術と使用のトレンド付録A 単純なAPI
神林:本書の特徴はとにかく易しく、分かりやすいこと。コンピュータネットワークの原理を理解し、略語や専門用語を使いこなせるようになることが主旨ですね。
内容としては、配線からアプリケーションまで、コンピュータネットワークの分野はほぼすべて網羅しています。アーパネットのようなネットワークの歴史について詳述するというよりは、いまあるネットワークのアーキテクチャを前提にして解説されています。あまり余計的なことは書かれていませんね、私もアーパネットについては講義で余談として話すくらいです。
類書にタネンバウム先生の『コンピュータネットワーク 第5版』(日経BP社)がありますが、こちらは2倍ほど分厚く、大学生が最初の本として読むには少し辛いでしょう。ですので、まずは本書から学び始めるのがいいですね。今回は私が監訳を務めていますが、原書の英語も本当に読みやすいです。それをうまく日本語にできているといいなと思います。
本書と『コンピュータネットワーク 第5版』のほかには、この分野を体系的に1冊にまとめた解説書はほとんど見当たりません。シリーズものならありますが、初学者が1冊で全体像を把握できる本は本書以外にはないのではないでしょうか。
充実の付録と、本書の先の勉強方法
――全V部33章に渡る本書ですが、独習だとどれくらいの期間をかけるのがいいのでしょうか。また、どういう読み方をすれば理解が捗りますか?
神林:本書はアメリカの大学の講義だと2か月半ほどかけて教えますが、独習だと1か月くらいでしょうか。読み方としては、まず第I部を読んでいただいて、そのあと付録に取り組んでみてください。そうすると、第II部以降をより理解しやすくなるでしょう。
なぜなら、付録がとても充実していて、記述どおりにコードを書くと、とりあえずは動くネットワークプログラムができます。ですので、現行のネットワーク――TCP/IPプロトコルスイートを使ったソケット通信でクライアントサーバーのシステムができる、ということを体感してもらえます。
全体を読み終われば、現状のネットワークの仕組みがどうなっているのかがよく分かると思います。IoTなどもそうですが、コンピュータネットワークの領域でこれからどういうことが起きようとしているかにも、興味を持ってもらえると思います。
――読み終わったあとはどういう勉強をすればいいのでしょうか。
神林:本書を読むとネットワークのことがひととおり全部分かりますが、専門として全部をやっている方はいないでしょうから、興味のある各分野の論文や書籍を読むのがいいでしょう。仕事をされている方はリファレンスマニュアルですね。
全体をもっと詳しく知りたいのであれば、先ほど申し上げた『コンピュータネットワーク 第5版』ですね。本書のあとであればすらすら読めるでしょう。いずれにせよ、本書ほどコンピュータネットワークとインターネットについて分かりやすく書かれてる解説書はありませんから、多くの方に読んでもらえればと思います。
――神林さん、ありがとうございました。
ちなみに、5月にルーマニアに行ってきたばかりというヨーロッパ好きの神林さんが最近読んで面白かったという1冊は、エマニュエル・トッドの『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』とのこと。本書で学ぶ合間に、読んでみるのもいいかもしれません。
アメリカでは教科書が非常に高価で、『コンピュータネットワークとインターネット 第6版』原著も定価133ドル。本書は5,400円(税別)ですので、値段のために原著を買うか迷っていた方にもおすすめです。