PwC Japanグループは2026年1月21日、企業のリスク管理責任者(CRO)向けに、地政学リスクや経済安全保障リスクなど外部環境の変化を迅速に把握し、経営判断に活用するための基盤「リスク・インテリジェンス・ハブ」を用いたサービス提供を開始すると発表した。従来の内部統制中心のリスク管理から、外部環境変化を起点とした「攻め」のリスク管理への転換を支援する。
従来のリスク管理では対応しきれない時代に
記者説明会の冒頭、PwC Japan有限責任監査法人パートナーの高木和人氏はリスク管理に関する企業経営者との対話から得られた問題意識を語った。多くの企業では年に1〜2回、あるいは四半期に1回程度のペースでグループ会社からリスク情報を収集し、リスク管理委員会で議論している。しかし、その内容は不正防止やコンプライアンス違反といった「守り」のリスクが中心であり、経営者が自ら先頭に立って対処すべきリスクへの対応は十分ではないという。
「従来のリスク管理の仕組みは更新していかないと駄目だ、抜本的に変えないと難しいという話が増えている」(高木氏)
外部環境が激しく変化する中、利益目標に直接影響を与えるリスクに対しては、発生したタイミングで即座に対応することが求められる時代になったと高木氏は指摘する。事業ポートフォリオへの影響や投資判断の前提が揺らぐリスクを、リアルタイムに複数のシナリオで検討しながら対応していく必要がある。PwC Japanグループ内にある地政学チーム、インダストリーチーム、テクノロジー・AIチームの知見を集約し、経営者の意思決定を支援する体制の立ち上げ、リスク管理支援を実現する基盤「リスク・インテリジェンス・ハブ」を構築したと説明した。
2026年の重大リスク展望:3大トレンドとトランプ政策の影響
続いてPwC Japan合同会社シニアマネージャーの南大祐氏が、PwCが2019年から毎年発行している「重大リスク展望」レポートの内容を解説した。このレポートでは、個別のリスクを議論する前に「3大トレンド」を示している。今回示されたのは「パクス・アメリカーナの限界」「世界経済の安全保障化」「デジタル覇権の競争激化」の3つである。
パクスアメリカーナの限界については、トランプ政権の「アメリカファースト」政策により、国際秩序の弱体化が加速していると分析する。同盟国への防衛費増大要請、力による支配を是とする姿勢、さらには米中・米ロとのディールを通じて他地域への関与を弱める動きが見られる。世界経済の安全保障化については、グローバル化したサプライチェーンの脆弱性が露呈し、レアアースなど重要物資を巡る輸出規制への対応が迫られている。デジタル覇権については、米中間でAI覇権競争が激化し、AIインフラやエコシステムをパッケージで輸出する「テックスタック」外交が展開されている。
「トランプ大統領の特徴として、関税を一番の外交ツールとして使うことは疑いがない」と南氏は述べた。最高裁でトランプ関税の一部が審議されており、7月までに判決が出る見通しだ。多くの専門家が違憲判決を予想しており、その場合の還付対応や、政権が打ち出す代替策への準備も企業には求められる。
日系企業を対象に実施した調査では、地政学リスクのトップ3として「トランプ関税を含む保護主義的政策」「米中対立」「トランプ政権の政権運営」が挙げられた。すべてアメリカ関連のリスクが並び、前年まで上位にあったサイバーセキュリティを押しのける結果となった。
ダボス会議からのメッセージ:2026年が勝負の年
南氏の説明の途中、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に参加中のPwC Japanグループディレクターのピヴェット久美子氏からのビデオメッセージが紹介された。
同氏によれば、PwCが実施した世界CEO調査では、国際情勢の不確実性が増大しているにもかかわらず、世界のCEOの61%が世界経済の成長改善を予想している。一方で、マクロ経済の変動、サイバーリスク、テクノロジーによるディスラプション、地政学的対立を脅威として挙げるCEOの割合は増加している。
日本企業のリスク対応の変化について、ピヴェット氏は「第1次トランプ政権下での米中貿易摩擦やコロナ禍でのサプライチェーン混乱では、マイナス影響の最小化の検討が中心だった。それが昨年はエンタープライズリスクマネジメント(ERM)に地政学リスクをどう取り入れるかという議論に変わり、さらに外部環境変化をどう社内で内製化し、素早い経営判断につなげるかという課題に発展した」と説明した。
「2026年が勝負だ。官民連携を強化し、外部環境を正しく読み解き、迅速な経営判断でチャンスをつかめるかどうかが、長期的な成長や競争力確保の鍵になる」(ピヴェット氏)
日系企業のリスク対応:人材・権限・リソースの不足が課題
南氏は、海外展開する売上高1,000億円以上の日系企業を対象とした3年間の調査結果も紹介した。地政学リスクへの「対応をとっていない」と回答した企業は4割近くあったが、この3年で約10%減少しており、対応自体は進んでいる。社内に対応チームを設置する企業や、経済安全保障担当の役員を置く企業も増えてきた。
しかし課題も多い。最も多く挙げられたのは「専門スキル・人材の不足」で約4割の企業が該当した。次いで「リスク対応部門がない、あっても権限がない」「対応コストがかけられない」といった声が上がっている。多くの企業で経営企画、法務、事業部の担当者が地政学リスク対応にあてがわれており、専門的なバックグラウンドを持っていないケースが多い。
地政学リスク対応の理想形として南氏は、経営層の下にコーポレートや事業部の関係部署をまとめる対応チームを設置し、外部人材の登用や社内人材の育成を含めて専門人材を配置することを挙げた。部門間の情報連携を担う「司令塔」としての役割が重要であり、縦割りの弊害を解消する必要があるという。
リスク・インテリジェンス・ハブの機能:経営とリスク管理の融合
PwC Japan有限責任監査法人パートナーの八木晋氏は、リスク・インテリジェンス・ハブの概要と具体的な機能について説明した。
リスク・インテリジェンス・ハブは「リスクインテリジェンス機能」と「事業計画レビュー機能」の2つで構成される。リスクインテリジェンス機能では、企業の事業計画を起点として、各機能・事業ごとに想定されるリスクシナリオを整理し、事業計画の実行を阻害しうる重要な要素を「チョークポイント」として設定する。関連する外部環境要因を特定し、専門チームがオープンソース情報やPwC独自の情報ソースを用いて継続的にモニタリングを行い、重要な変化の兆候が生じた場合にアラートを発信する仕組みだ。
事業計画レビュー機能では、発信されたアラートを受けて、整理したリスクシナリオに基づき事業計画への影響を分析し、必要な対応策の検討を支援する。対応策の実行状況や進捗を可視化・モニタリングするダッシュボードの提供も可能である。生成AIを活用してシナリオへの影響を自動生成する機能も備える。
なお、このシステムをパッケージ販売やSaaSビジネスとして展開する予定は現時点ではなく、各企業の環境や課題に即して構築を支援する形でのサービス提供を想定している。PwCの地政学リスクアドバイザリーチームやユーラシアグループとの連携により、専門性の高い情報提供を行う体制も整備されている。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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