確率論のAIと、決定論の業務ルールをどうつなぐか
セールスフォース・ジャパンは2026年10月28日、会見を開き、9月15日から17日に米サンフランシスコで開かれた年次イベント「Dreamforce 2026」の発表内容を説明した。AIの賢さではなく、企業の業務ルールをAIに守らせる仕組みを中心に据えた発表だという。
セールスフォース・ジャパン 専務執行役員 製品事業統括本部 事業統括本部長の三戸篤氏は、多くの企業でAIエージェントの取り組みが始まった一方、当初想定した投資対効果や大きな事業変革には届いていないという声が多いと話す。理由の1つとして挙げたのが、AIモデルが顧客のビジネスそのものを理解していない点だ。基調講演でもCEOのマーク・ベニオフ氏が、この課題を冒頭で提起したという。
「AIモデルはどれだけ賢くなっても確率論から外れない。一方、お客様のビジネスには決定論として扱わなければいけないことがたくさんある」(三戸氏)
たとえばAIが「18%値引きすれば売れる」と助言しても、その企業が「15%超の値引きはしない」とルールで決めていれば、守るのはルールの側になる。
4つの層で整理した、Salesforceの新しい全体像
こうした業務プロセスやルール、ガバナンスをAIモデルの外側から制御する仕組みは「ハーネス」と呼ばれる。同社はAIモデルとハーネスを組み合わせたものを、企業が使うAIエージェントの構成要素と位置付けた。
全体は4つの層で示された。最上位がAIエージェントを使う画面にあたる「AIforce」、その下がエージェント本体の「Agentforce」で、下の2層がハーネスにあたる。従来から提供してきた業務アプリケーション群の「Customer 360」と、社内外のデータを統合してAIに文脈を渡す「Data 360」となる。
最上位のAIforceについてプロダクトマーケティング シニアディレクターの田崎純一郎氏は、文字だけのやり取りだったAIの画面が、状況や相手に合わせて動的に表示を組み立てられるようになったと説明した。発表されたのは3つの入り口だ。
1つ目は、Anthropicとの提携の総称である「Claudeforce」。AIのClaudeからSalesforceの商談データなどを、利用者の権限の範囲で使える。2つ目はビジネス用チャットツールの「Slackforce」で、チーム全員が同じ画面を見ながらAIに仕事を頼める。3つ目は、従来のSalesforce画面から使う「Agentforce Coworker」だ。田崎氏は「LLMはデータを保持せず、そこから学習もしない」とも述べた。
説明会では2つのデモが披露された。Claudeforceでは、営業マネージャーが「予算達成に向けて現在のパイプラインをもとにシミュレーションしたい」と問いかけると、Salesforceとライブ接続されたダッシュボードが生成される様子が示された。AIは連絡が途絶えている商談を指摘し、過去にセキュリティ審査で受注が遅れた経緯をメールやSlackから見つけ、担当者への依頼とフォローメールの下書きまで進めた。
Slackforceのデモは、ECサイト運営企業のカスタマーサポートの様子が紹介された。Slackbotへの指示で未対応の問い合わせのダッシュボードを作り、チャンネルに共有した。注文住所の誤りの修正は、AIが提案して担当者が「承認」を押してからレコードを更新する流れで、Salesforceの画面を開かずに完結した。
業務特化の5種のエージェントと、運用を回す仕組み
Agentforceは2年前の提供開始から、全世界で3万社以上が導入しているという。プロダクトマーケティング シニアマネージャーの王小芬氏は、成果を出すには「迅速な立ち上げ」と「継続的な最適化」の2点が要になると語った。
前者として紹介された、すぐ使える業務特化のエージェントは5種類だ。法人営業向けの「Hunter」は、数週間から数ヵ月続く営業サイクルに合わせ、長期間動き続ける実行基盤の上で稼働する。「四半期のリスクのある商談をフォローアップする」といった目標を与えると、見込み客の動きを見ながら計画を見直し、人間の承認を得てメール送信や商談の優先順位変更を進める。
Webサイト上の接客役である「Piper」は、質問への回答やニーズの聞き取りを行い、購入意欲の高い顧客を営業担当者につなぐ。セールスフォース・ジャパンの公式サイトにも実装済みだ。カスタマーサービス向けの「Fin」は、多言語で24時間365日対応し、テキストのほか音声やSMSにも対応する。
従業員向けの「Paige」は、人事やITの問い合わせをたらい回しにせず一度で受け付ける。サプライチェーン向けの「Marshall」は、Excelやメール、レガシーシステムで手作業になっていた業務を、人間の承認のもとで基幹システムとやり取りしながら一貫して自動化する。
後者の最適化については、エージェントの本番での動きを監視・測定する「Agentforce オブザーバビリティ」が現在提供中だ。音声チャネルにも対応し、詳細ログを「Data 360」に蓄え、BIツール「Tableau」で可視化して改善につなげる(図4)。今後は、開発から本番投入後の改善までをエージェント主導で回す「Agent Optimizer」を目指す。本番データから初回解決率の向上策などをAIが提案し、人間が承認すればテストと本番適用まで進める構想だ。
ハーネスの中核を担うData 360については、プロダクトマーケティング マネージャーの楊莉佳氏が「理解する」「実行する」「制御する」の3つの役割に分けて説明した。理解する層ではデータ統合製品の「Informatica」が新たにヘッドレス対応やAIガバナンス、AIエージェントによるマスターデータ管理を発表し、Data 360はMCPサーバーと定義済みスキルに対応した。Tableauには、「売上」のような言葉の定義をAIに伝える「Tableauセマンティクス」が加わった。
実行する層では、連携基盤「MuleSoft」が、MCPとLLM向けのAIゲートウェイや過剰消費防止アラートを発表した。制御する層は「Salesforce Guardian」が担い、「Security Mesh」やMCPセキュリティ、ヘッドレス方式のバックアップ対応が示された。これらをまとめたパッケージ「Enterprise AI Harness」も、今後提供していく構想だという。
他社製品との共存と、現場への定着をどう進めるかについては、Salesforceは複数ベンダーのAIが混在する環境でも、ハーネスで全体を管理できるとする。三戸氏は、「CRMを核にした垂直統合を続けつつ、他社製品を含む横断的な管理にも取り組む、2軸の方向の展開が今後の方向性だ」と語った。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZine/AIdiverには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail ...
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