── 萩本さんはエンジニアから出発されて、ITのコンサルタントとして活躍してこられ、今回、ビジネスに関する方法論である『ビジネス価値を創出する「匠Method」活用法』を出版されました。まず萩本さんのこれまでのお仕事についてうかがえればと思います。
萩本:新卒で就職して経理の仕事に関わったんです。簿記も知らなかったし、貸借対照表の意味も知らなかったのですが、資金繰りや在庫など経理の世界を学ぶうちに、どんどんのめり込んでいった。経理に美を感じるようになった(笑)
── 大学時代から理論肌だったんですか?
萩本:学生時代は文科系でしたし、体育会系でほとんど勉強はしませんでした。ただアインシュタインの相対性理論とかは好きでしたね。僕はもともと、全体が見えないと理解できない性格で、ものごとを「うっすらと理解すること」が出来ないというタイプでした。エンジニアになってからは、COBOLの世界からOSやコンパイラ技術、そしてソフトウェア工学に惹かれていきました。コンパイラを作ったり、独学でC++などの言語を学んでいき、そしてSmallTalkの提唱者であるアラン・ケイという人に感銘を受けて、オブジェクト指向の方法論に目覚めたのです。
── オブジェクト指向に惹かれた理由は?
萩本:オブジェクト指向の方法論は、「クラス」と「インスタンス」という構造的な考え方がベースになっています。物事や世界をとらえる本質的なところにかかわる考え方ですね。「モノ」や「概念」をどのように捉えるか、といった人間の思考の世界です。今回の本にも紹介しましたが、構造主義の言語学のソシュールのいう「シニフィエ」と「シニフィアン」という考え方に近いと思います。他にはミンスキーの『心の社会』という本にも随分影響されました。
その頃夢中になったものに「NEXT Step」がありました。当時スティーブ・ジョブズが「NEXT」を出した時代で、僕もあの黒いマシンを大枚はたいて購入しました。あのマシンには「Objective C」とか「インターフェースビルダー」とか「Display PostScript」とか数学ソフトの「Mathematica」などの最先端のテクノロジーが詰まっていたのです。僕にとっての「宝箱」で夢中になって遊びました。そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にかオブジェクト指向開発を仕事とするようになり、その経験を元にオブジェクト指向の方法論の「Drop」を策定したのです。
── 2000年に羽生田栄一さんたちと「豆蔵」を設立されましたね。
萩本:結局ITの基底にはビジネスがあるのに、それまでのオブジェクト指向の方法論ではビジネスを捉えられないというのがジレンマでした。システム開発を成功させるには、ビジネスから要求を作りだす必要があると考え、「要求開発方法論」に取り組みました。そしてさらにソフトウェアの世界からビジネスそのものの変革を目指そうということで、「匠Business Place」という会社をたちあげ、要求開発方法論をベースに価値のモデルを組み込んだビジネスの方法論として開発してきたのが「匠Method」なのです。
── 今回の「匠Method」は、萩本さんが作ってこられた方法論のビジネスへの適用の集大成であるということですね。
萩本:はい。それにビジネスに対する己の意識改革の集大成でもありました。匠Methodの対象は、ITではなくあくまでビジネスなのです。ビジネスの立場から製品やサービスをたちあげ、価値を作っていこうという人たちがターゲットです。その中にIT部門も含まれます。ですから匠Methodをアジャイルの手法とするならば、「ビジネスをアジャイルする手法」といえるでしょう。平鍋さんはそれを見抜いていただいてとても嬉しく思っています。さらに今回は、ビジネスや企業のブランドをデザインするために「ブランディング手法」への取り組みを紹介しています。
匠Methodは、ロジカルかつシステム的だった従来の方法論に、デザインの方法論を加味したものになっています。そしてブランディング手法(匠Method for BRANDING)は、そのデザイン部分を強化したものとなっています。ここでいうデザインは意匠デザインだけではなく、組織や事業戦略のより広義なデザインというもので、F-Inc.(エフインク)社との協働で、プロジェクトを通じで練り上げたものです。
── この本はどのような方におすすめでしょうか?
萩本:まず本書を通じて、自社のビジネスの価値の発見をおこなっていただき、そこから「活動」「表現」へとつなぐ展開をおこなっていただきたいと考えます。
価値のデザイン、業務のデザイン、組織のデザインといった活動の実践的な方法論を紹介していますので、この本をチームの実践として取り入れていただきたい。
具体的な、価値デザインモデルや価値分析ツリーなどのモデリングや、それらのモデルの連携のためのフレームワークも紹介しています。デザインやブランディングの方法論としても活用できますので、ぜひ一読して実践してもらえればと思います。