リーガル・リサーチのテック化
アメリカではまさに、必要は発明の母だった。
法的紛争の際には過去の膨大な判決文を詳細に調査すること(リーガル・リサーチ)が不可欠で、だからそれに応えるアシスト・サービスをテクノロジが提供した(詳細は第1回)。とても解りやすいストーリーだ。
この解りやすさゆえに、テクノロジによるリーガル・リサーチのアシストは、収益の構造を作るのも簡単だった。巨大法律事務所が年間数億円をここで費やしても、その金額は弁護士のタイムチャージに加えてそのまま請求すればいい。たとえ渋々ではあったとしても、クライアントは必要経費と認めて支払ってくれる。こうして、高付加価値で代金回収確実なビジネスが、みごとに確立した。1973年にLEXIS、その2年後にはWESTLAWが発売されて以降、2社によるこの収益構造はまったく変わっていない、いまのところは。
しかし、日本でこのようなシンプルなストーリーを語ることはできない。実定法主義、つまり条文こそが紛争解決の準拠となるとするなら、弁護士とはその条文に精通しているはずで、手元に高価な専門書や情報が必要だとしても、それは業務の前提として当然に理解している内容だから、個別案件の経費として請求できる性質のものではないと、クライアントのみならず弁護士自身も考える傾向がある。
もちろん、日本でも事案ごとの特殊性による調査や過去の裁判例の検索は重要だ。個々の案件でデジタル・フォレンジックやeディスカバリ対応が必要となれば、それは一般的な法律事務所では対応ができずIT専門家にも依頼せざるをえない。クライアントもこれには必要性を認めて別途費用を支払う。しかし、法律の解釈適用の調査の費用は、どこからが当該案件固有のものとしてクライアントに費用負担してもらうのか、やはり判断が難しい。法律事務所の経営サイドとしては、クライアントに支払ってもらえないリスクがあるなら、アナログであれデジタルであれ、削れるものなら削っておこうという選択がなされるのが自然な流れであった。
そこに、データ駆動型社会を実現する一環として閣議決定されたのが、民事訴訟に関する裁判手続等の全面IT化である(未来投資戦略2018)。
このIT化が政府の青写真どおりに進めば、弁護士も新しいシステムに対応するための相応のコストを費やす必要がある。それは収益性を高めることで回収してゆくしかない。ただ、クライアントを含む一般企業等がすでにドラスティックなIT化を継続していることを熟知している弁護士にとっては、それは必要なコストであると十分に認識しているし、容易に回収可能な程度であると見込めているならば、ここにリスクはない。
いったん弁護士業務がデジタル化されれば、テクノロジのアシストを受けてより高度な法律サービスを実現してゆく環境が整うことになり、弁護士の仕事が劇的に変わってゆくのは確実だ。弁護士は現在4万人ほどで、人数としては大きい市場ではない。しかし、ここは紛争解決の入口であり、弁護士の背後には顕在・潜在の多くのクライアントが切実で複雑な問題を抱えて解決の糸口を求めている。また、ここでの経験値が広く他の市場で活かせることは、アメリカでのDIY型リーガルテックの展開をみても想像できる。