案外多い、実態をともなわない検収
しかし前述した通り、会計検査院のような原理主義者が存在しないことが多い民間のIT契約では、こうした実態をともなわない検収が実際に存在します。それでも、何事もなく納期とコストを遵守して満足のいくシステムができあがれば問題は発生しません。
そもそも契約というのは、民法にも優先して扱われるもので、当事者同士が合意して、その支払い方や納品物を決めてしまえば、それはそれで通ってしまうものです。
ただ、それはあくまで契約通りにシステムが完成してのことです。もしも、システム開発が途中で頓挫してしまい、契約が成就しなかったら、既に行ってしまった検収やベンダへの支い費用はどうなるのでしょうか? できあがっていないのだから返してもらえるのでしょうか。それとも、一度検収を受けている以上、ベンダには返金の義務はないのでしょうか。今回は、そんな事件を取り上げます。
(東京地判平22年5月21日判決より)
あるキャラクタ商品企画会社(以下 ユーザ)が、ベンダに発注・店舗在庫管理システムと基幹システムの開発を依頼した。開発は請負契約で費用は約2500万円との契約の下、ベンダは開発を進めたが、ある時期に、先行して作業をしていた発注・店舗在庫管理システムに対してのみ中間の検収が行われた。全体の納期はまだ先だったが、これは契約書にも記された予定の行動で、検収後、そこまでの費用である800万円が支払われた。ただし、この時点では基幹システムはもちろん発注・店舗在庫管理システムも完成には至っていなかった。
その後、ベンダは引き続き作業を続けたものの、途中から発生した進捗遅延が回復せず、結局、予定納期を経過しても発注・店舗在庫管理システム、基幹システムとも納品されなかった。
ユーザは、これをベンダ側の開発体制不備によるとし、履行遅滞を理由に契約解除を行ったがベンダはこれを一方的な解除であるとし、本来受け取るはずだった残額と、契約後に追加された機能の費用として、合計2000万円を損害賠償請求して裁判となった。一方、ユーザはシステムが完成しなかった損害として1800万円を請求したが、この中には既払いの800万円も含まれていた。
ベンダが仕事を完成させていないのに、お金を請求したということに違和感を覚えた方もいらっしゃるかも知れませんね。
ここは民法641条という法律に基づく請求ではあるのですが、少し話が複雑になるのでとりあえず、「我々は多少納期を遅延してでも、このまま開発を続ければ完成させることはできた。それをユーザが一方的に解除するというなら、最低限そこまでの費用はちゃんと払って欲しい」、そんな主張だと理解しておいてください。
参考 民法641条
“請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。”
動かないモノに払ったお金 検収済みでも返して貰えるか
この裁判では、双方が複数の名目で損害賠償をしているのですが、今回は、“中間検収”の話題に絞ってお話ししたいと思います。ユーザが既に検収して支払った“発注・店舗在庫管理システム"の費用約800万円は返してもらえるのでしょうか。
判決文中にあるように、支払いの理由となっている発注・店舗在庫管理システムは完成まで至っていなかったようです。実際、どの程度まで動作するものだったのかはわかりませんが、少なくとも、ここまでの納品物で業務に使えるというものではなかったのでしょう。そんなものに価値はない、お金を返して欲しいというユーザの言い分はわかります。
しかし一方で、形だけとはいえ、ユーザは検収しています。確かにユーザが何もわからずに、ベンダの言うがまま検収書に確かめもせずに判を押したというのなら、検収の有効性が、裁判で否定されるケースもあります。しかし、どうもこの事件の場合、ユーザもシステムが未完成であることを承知で、それでも検収書に判をつき支払いまで済ませています。
言ってみれば確信犯です。そんな状況であっても、お金は返してもらえるのでしょうか。裁判所は以下のような判決を下しました。
(東京地判平22年5月21日判決より)
本件のシステムは、ベンダが中間金の支払を得る関係からもともとは1つであった本件システムの一部を分割したものに過ぎない上、(中略)(契約の)解除時点においても、発注・店舗在庫管理システムが未完成であったと推認されるところでもあるから、形式的に検収が済まされていたとしても、ユーザによる解除の効果は発注・店舗在庫管理システムについても及ぶことになる。