01 自動運転ビジネスの定義
自動運転ビジネスとは、自動運転車の研究・設計・生産・販売に直接かかわることだけではありません。ここでは自動運転ビジネスの定義を説明します。
自動運転ビジネスの主戦場はサービス
本書は「自動運転ビジネス」に参入することを大きなテーマに掲げていますが、「自動運転ビジネス」を自動運転車の研究・設計・生産・販売に直接かかわる産業だけでなく、「車が自動で動くようになった時にその上に乗るMaaS(Mobility as a Service)など様々なサービスのことも含めたビジネス」と定義しています(図1)。
自動車が運転手なしで自動で動くようになるのは、レベル4以降のことになります。レベル4が実現すると、人間が自動車を運転しなくてもよくなり、自動運転車、特に無人ビークルが急増します。自動運転車や無人ビークルが人やモノを運ぶことによって、これまでは採算が合わず成立しなかったサービスでも、ビジネスとしての展開が可能になります。これらの新しいサービスこそ、自動運転ビジネスの中核なのです。
既存の自動車業界に及ぼす影響
自動運転が実現すると、その経済効果は自動車業界にとどまらず社会全体に広がることが予想されます。自動運転の機能を搭載した自動車は、高度な性能を持ったデジタルデバイスとなります。
国内でも、レベル3(条件付き自動運転車)の市販車が2020年から2021年にかけて発売される見込みです。自動運転によって運転手のヒューマンエラーが減ることで、交通事故の減少などの効果が期待できます。しかし現在の自動運転関連のビジネスについては、「研究開発」「プロトタイピング」「実証実験」など、レベル4以降を見据えた先行投資が主戦場になっています。
レベル4は早ければ2025年にも実現へ
人間が運転に関与しないといけないレベル3と、システムによる完全自動運転が実現するレベル4の間には、数々のハードルがあることは事実です。しかし、レベル3が実用化される段階に到達した今、レベル4の実現はそれほど遠い未来の話ではありません。
日本政府は、2025年頃までに高速道路におけるレベル4の実用化や物流での自動運転システムの導入普及、限定地域での無人自動運転移動サービスの全国普及などを実現するという具体的な目標を打ち出しています(図2)。世界の自動車メーカーも、各社がレベル4対応の構想を発表していますが、それを見るとやはり2025年頃を目標に設定しているようです。
つまり、レベル4は2025年から2030年に向けて実用化される可能性が高く、レベル4によって誕生する自動運転ビジネスへの参入で先行者利益を得たいと考えるなら、今から準備を開始しても決して早すぎることはないということになるのではないでしょうか。
02 自動運転によって何が変わるのか
自動運転がレベル4に達すると、限定された特定エリアにおいて人は自動車の運転から解放され、これまで運転していた時間が自由時間に変わっていきます。
自動運転の実現によって変わること
自動運転ビジネスについて、本書では、レベル4が実現した際に誕生する新しいサービスの市場に焦点を当てて解説しています。レベル4は、特定エリア内で人が運転に関与しなくてもいい自動運転レベルを指します。レベル4以上では、「自動運転車」と「無人ビークル(輸送車両)」を分けて考える必要があります(図1、表1)。
自動運転車とは、運転手なしで指定した地点に自分を運んでくれる自家用ハイヤーのようなものとイメージすればいいでしょう。
人を乗せることを前提とせずにどこにでも移動することができる無人ビークルの登場によって、自動運転ビジネスの市場が大きく拡大します。無人ビークルは運転手が必要ありませんので、需要がある限りモノを運ぶことが可能になります。今までは人間が車を運転して配達しなければいけなかったものが、完全無人化、自動化できるわけですから、そこに大きなビジネスチャンスが生まれるのです。
運転手の自由時間が急増する
自家用に利用する自動運転車でも大きな変化が生まれます。レベル4だと、特定エリアにおいて人間は運転から解放され、目的地に着くまで自由な時間が増えます。目的地に着くまで、何をするのも自由です。従来は、車を運転している間は、実質的に運転に拘束されて何もできませんでしたが、自動運転車では、その時間が丸々自由時間になります。
現代人はやるべきことに追われていて、自由時間は貴重です。新しいことをするには、その分、寝る時間を削るしかないという人も少なくありません。仮に、毎日3時間、自動車を運転している人であれば、自動運転車になることで、1日あたり3時間の自由時間を手に入れることができるのです。
レベル4以上では移動コストが1/10に
自動運転の実用化によって、従来の輸送、配達コストが劇的に下がることも見逃せません。アメリカの調査会社ARK Investment Managementが2017年10月に発表したMaaSレポートでは、人間が移動するコストは、自動運転タクシーの登場によって、1/10になると試算しています。たとえば、都内のタクシー料金は1km以内で410円ですが、わかりやすく説明すると、この費用が約40円になるということです。
ECなどの通信販売では、単価の低いものは送料のウェイトが高くなるため、一定の単価以上のものでないと採算に合わないため販売されないのが常識です。しかし、無人ビークルを使って低コストで配達が可能になるなら、単価の低い商品でも立派なビジネスになる可能性があります。
無人ビークルの登場によって、あらゆる商品の宅配が可能になります。いわば、小売業のすべてが自動運転ビジネスになるといっても過言ではありません。
03 自動運転によって車は接触時間の一番長いデジタルデバイスに
自動運転社会では、接触時間が最も長いデジタルデバイスは自動車になります。これまでスマホで行ってきたことも、すべて自動車で完結するようになります。
これまでの運転時間が可処分時間に変わるインパクト
自動運転車による最も直接的なメリットは、これまで運転に費やしていた時間がそっくり可処分時間に変わるということです。可処分時間とは、「自分の裁量で自由に使える余暇時間」のことです。5年ごとに実施される総務省の「社会生活基本調査」2016年版によると、日本人の「余暇時間」は、1日あたり平均6時間22分です(図1)。この時間を、テレビの視聴や雑誌の購読、スポーツ、趣味などに振り当てて使っています。
仮に、これまで1日2時間を運転に費やしていた人は、その2時間がいきなり可処分時間に加算されます。運転する必要がなくなった「運転手」は、その時間を使って何をするでしょうか。目的地に着くまでに仕事や勉強に励む人もいるでしょうが、多くの人はネットショッピングやゲームなどの消費活動を優先するでしょう。自動車という完全に閉鎖されたプライベート空間で、思う存分、自分がやりたいことに集中できるはずです(図2)。
運転手向けのサービスや商品販売で大きな商機
自動運転車は、インターネットに常時接続され、360度スクリーンに囲まれたプライベートな快適空間になります。言うまでもなく、自動運転車が登場するまでは、どこにも存在していなかった特別な場所です。そのプライベート空間に向けて、映画やゲームなどのコンテンツ、商品を紹介するオンラインショッピングの提案など、様々なサービスが提供されるようになります。テレビやパソコン、スマホとはまったく別の新しいメディアの誕生です。
自動車はスマホに代わって一番身近なデジタルデバイスに
自動運転が実用化され、自動運転タクシーやカーシェアリングなどを廉価に利用できるようになると、ちょっとした移動にも自動運転車を使うようになります。
毎回乗る自動車は変わっても、運転する人が利用したアプリやサービスの情報が各車に引き継がれれば、移動時間はいつも同じデジタルデバイスを使っているような感覚で、長時間利用するようになるでしょう。
自動運転車は、巨大なスクリーンに囲まれた最先端のデジタルデバイスです。個人が保有しているPCよりもはるかに高性能です。その快適さ、便利さを体験してしまうと、画面が小さくCPUやメモリなどのスペックも劣るスマホには戻れなくなる人も少なくないでしょう。このような理由から、いずれは最も接触時間が長いデジタルデバイスが、これまでのスマホから自動車に取って代わる可能性が高いと考えられています。
04 自動運転によって車が有力な決済手段になる
自動車を月額課金で利用して、商品の購入も自動車内で行われるようになると、自動車そのものが決済機能を持つようになります。
自動運転社会は自動車をシェアリングする時代
自動運転社会が実現すると、金融ビジネスが大きく変わると予測されています。MaaSも含めた自動運転ビジネスとして新しい金融関係のサービスが増えます。その背景として、自動運転が実現すると自動車の所有の方法が変わることがあげられます。
自動運転社会になると、自動運転タクシーや、1台の自動車に複数の人が乗り合わせる「ライドシェア」(図1)、好きな時だけ自動車を専有できる「カーシェアリング」など、自動車は所有せずに好きな時だけ利用する形が主流になるでしょう。今でも、カーシェアリングというサービスが存在していますが、数台の自動車を近隣の利用者でシェアしますので、必ずしも自分が使いたい時に予約できるとは限らず、利用のたびに指定の受け渡し場所まで出向く手間もかかります。
自動運転が実現すると、指定した時間に自宅まで自動運転車がやってきてくれるようになります。オーダーに応じてどこからでも自動車を配車することができますので、希望するタイミングで利用できるようになるのも夢ではありません。
月額課金によるサブスクリプションが主流に
自動運転車のシェアリングサービスを利用する最大のメリットは、自分専用の自家用車を所有することに比べて、大幅なコストダウンになることです。サービス体系が進化していけば、空いている車両をどこからでも配車してもらえるようになり、自家用車を保有しているのと同じように好きな時に使えるようになります。さらに、毎月の走行状況に応じて、毎月課金される額が変わるダイナミックプライシングという料金モデルも登場するかもしれません。
自動車そのものがあらゆる消費の決済手段となる
シェアリングの利用が主流になり、自動車の利用料金を毎月支払う人が増えてくると、今のスマホでも利用されているキャリア決済と同じ位置付けになるでしょう。シェアリングサービス利用者が利用したコンテンツや通販で購入した商品の代金も、毎月の自動車の利用料金と一緒に支払われるようになります(図2)。
トヨタは2019年11月に決済アプリ「TOYOTA Wallet」をリリースしました。「iD」やApple Payなど電子マネーのほかにクレジットカードやデビットカードの機能が一体化したアプリで、トヨタが提供するシェアリングサービスやレンタカーなどの自動車関連サービスの決済に利用できるのが特徴です。
今後も、自動車メーカーが金融サービスに力を入れてくることは確実です。自動車関連の金融サービスが大きな収益源になることをよく理解しているからです。自動運転社会が到来すれば、自動車メーカーから世界最大の決済サービス会社が誕生するかもしれません。
05 自動運転によって移動データをパーソナライズできる
目的地や到着までの移動時間がわかる自動運転車の移動データは、マーケティングに威力を発揮する価値の高い情報です。将来は、パーソナルデータとの連携も期待できます。
自動運転車とビッグデータ
自動運転車の登場は、マーケティング業界にも大きな変革をもたらすと期待されています。自動運転車がスマホに代わる高性能のデジタルデバイスとなることで、これまで一元的に管理できなかった移動データをマーケティングに活用できるようになるからです。
アメリカのIntelの試算によると、条件付き自動運転車が実用化される2020年には、自動運転車が生み出すデータは1日1台あたり4テラバイト(TB)という膨大な量になる見込みです(図1)。インターネット接続機能を搭載した航空機が生み出すデータ量が1日1機あたりおよそ5テラバイトですので、自動運転車のデータ量がいかに大きいかがわかります。
自動運転車のデータを解析すれば、その持ち主が毎日どのビルに通勤しているのか、通勤帰りにどこに立ち寄っているのか、休日にはどこへ出かけているのかなど、日々の生活行動も理論上は分析できるようになります。当然、これらのデータは非常にセンシティブな個人情報となるため、情報の匿名化が必須となりますが、行動パターンがわかれば、先回りして移動先の情報を自動運転車に配信するなど、きめ細かいターゲティングが可能になります。
ターゲティング精度の向上
自動運転社会の到来をきっかけに、あらゆるものがデジタル化される動きが加速して、私たちの日常生活は飛躍的に便利になります。自動運転車に乗っているだけで、必要な情報が入ってきます。目的地で使いたいものがあれば、車内から発注して目的地に着いたタイミングで無人ビークルが商品を届けてくれるようなことも十分実現可能になるでしょう。
人がどこに移動しているのかというデータを把握することで、ターゲティング精度は一気に上がります。自動運転を見据えたMaaSの実証実験に、マーケティングを手掛ける会社が多く参加しているのも理解できます。
ジオロケーションで入手できる移動データ
利用者の位置情報を収集して活用する技術のことをジオロケーションと表現します。スマホでも位置情報を利用するGPS機能は搭載されていますが、今いる場所は特定できるものの、これからどこに向かうのかはわかりません。しかし、自動運転では、利用者がこれからどこに向かい、いつ到着予定なのかまですべてわかります。自動運転車が生み出す移動データは、人類が初めて入手する移動データと表現することができるでしょう(図2)。
自動運転車が生み出す移動データは、非常に貴重なパーソナルデータであるがゆえに、悪用されてしまうと個人を特定されかねません。移動データの取り扱いには、ブロックチェーン技術の活用など情報セキュリティの実効性を担保することが問われます。