ずっと変わらない、ユーザーの役割とベンダーの責務の問題
世の中のITは様々に進化を続けています。ほんの数年前までは、未来の技術だったはずのAIによる深層学習、ブロックチェーンなども、今はすっかり当たり前の技術となり、現場の業務に多数使われるようになっています。しかし一方で、どれだけ新しい技術が登場しても、システム開発(導入)プロセスは、どちらかというと旧態依然としていて、ユーザーの役割とベンダーの責務に関する問題は、正直相変わらずです。
今回紹介する裁判も、昔ながらのワガママなユーザーと、それを受け入れてしまった末に苦しんだベンダーの揉め事です。ユーザー側の責任がかなりわかりやすく、ある意味、一覧表のように話題になっている事件でしたので、ユーザーの皆さんはもちろん、ベンダーの方にも、ご自身のプロジェクトに当てはめて考えていただきたいと思い、とりあげることとしました。事件の概要からご覧ください。
ワガママなユーザーに振り回され続けたプロジェクト
(東京地方裁判所 令和3年3月17日判決より)
ある寝具の販売代理店が、ベンダーに在庫管理システムの開発を依頼し契約に至った。ところが、販売代理店は開発するシステムの前身となる既存システムに関する設計書を所持しておらず、システムを実際に動作させての説明と、そこから出力される帳票のみをもってベンダーに対する仕様の説明を行った。
また、ベンダーが新システムの設計書を作成し提示しても、代理店は、完成後に動作させて見せてもらわないとわからないとして内容の確認を拒み、その後の確認においても販売代理店からは矛盾する指摘や、ベンダーの責とはいえない新規の指摘が相次いだ上、ベンダーからの仕様確認についても、「一度説明してある」「他の担当者に伝えてある」と非協力的な態度に終始した。
さらに、契約上、業務の範囲とされていなかった他システムとの通信機能についても、開発途中に機能追加され、ベンダーは追加の正式契約のないまま、この作業も行うことになった。こうした状況により、プロジェクトは数ヶ月遅延したが、最終的にベンダーは作業を完了し、販売代理店側に持ち込もうとした。しかし、販売代理店側は「先に本件システムから出力される本件各帳票を確認しなれば、本件プログラムが完成しているかわからない」として、本件プログラムを起動させなかった。結果としてシステムは、販売代理店によって使用されることはなく、販売代理店はベンダーを債務不履行で訴えた。
上記は、判決文中の事実認定から抜粋し要約した内容ですが、これだけを見ると原告と被告が逆なのではないかと思うほど、販売代理店側の非協力さばかりが目につきます。
この連載の読者の方には、ユーザー側の方も多いとは思いますが、こうした非協力的な態度は厳に戒められるべきでしょう。ただ実際の開発現場を考えれば、言い方はともかく、こうしたことは他の開発においても珍しいことではありません。ユーザー側として、致し方ないと思えることもあります。
新システムを作る際に、既存システムの設計書が消失してしまっていることや、そもそも設計書をきちんと作っていなかったのは珍しくはありません。そうなれば、この販売代理店のように、現行システムと帳票で説明する方法しか思いつかないこともあるでしょう。
ベンダーの仕様書をきちんと確認しないのも、自分たちに技術知識がないと考え、逆にベンダーの技術を信頼しているような場合(このプロジェクトがそうであったかはともかく)「システムが完成したら見せてください」とも言いたくなるでしょう。
機能の追加が出てしまうこと、正式契約が遅れて先行して作業着手してもらうしかないこと、さらに納品物の確認を既存システムの帳票との確認をしてから行うというのも、ベンダーからすれば呆れることかもしれません。
しかし、ITの技術自体だけではなく、開発のプロセスにも知見がないユーザーなら、よくあることです。そして何よりもこうした不満はたくさんありつつも、ベンダー側はそれでも開発は完了させるといい、遅延については謝罪もしています。
そうなってしまうと、ユーザー側としても、様々な問題は自覚しつつも、ベンダーにも責任はあり、法的な観点で言えば、履行遅滞による債務不履行も問えるのではないかと考えるのは、そう不自然なことではありません。
そうは言っても客観的に見れば、このユーザーの非協力的な態度は目に余るといってもよいでしょう。とにもかくにも、約束したことを履行できなかったベンダーと非協力なユーザー。裁判所は、どのような判断を下したでしょうか。判決の続きを見てみましょう。