発注側と受注側の理解齟齬から法的紛争まで発展
大手のIT企業では、正式な契約を前にIT開発作業に着手することを禁止している場合が多いですが、実際、現実にはよくあることです。
契約書の作成には、作業内容や責任分担等を正式に決定することや、法務部門の確認、役員等による決済も必要になります。その上、秘密保持や著作権などの取り決めも別途必要となるため、それらを待っていてはシステムの稼働が遅れ、納期を守れないため、作業に着手してしまいがちです。
しかしやはり、その対応には危険があります。作業が始まってから、その内容や対価、期間を巡って発注者と受注者の理解齟齬が発覚し、法的紛争にまで発展してしまう例は決して少なくありません。
今回ご紹介するのは、あるシステム開発の元請企業と下請企業が、契約書なしで作業を行った結果、トラブルに発展した例です。しかし、今回少し変わっているのは、開発が途中で頓挫した主たる原因が、プロジェクト自体ではなく両者の経営統合交渉の失敗という、いわば外野のケンカが影響した点です。そうした状況で、契約書なしに進めた分の作業量を下請が請求。一方、元請は契約がないからと、その請求を断りました。さて、裁判所はどのように判断したのでしょうか。
契約前作業の危険性
(東京地方裁判所 平成30年1月31日判決より)
ある出版社の関連企業であるIT企業が(以下「元請企業」と言う) 出版管理システムの開発を依頼され、その一部を別のベンダー(以下「下請企業」と言う)に依頼した。開発は全体を“企画・要件定義フェーズ”と“設計・開発”フェーズに分けた形で行われ、企画・要件定義フェーズについては元請企業と下請企業の間で契約書が取り交わされ、作業が実施されたものの、それに引き続いて行われた設計・開発フェーズは契約書のないまま作業が行われ設計段階の終盤まで差し掛かっていた(下請企業から見積書の提示はあったが契約書、注文書は存在しなかった)。
一方、この元請企業と下請企業の間では経営を統合する計画があり、この開発期間中もそれに向けた交渉が行われていた。しかしこの経営統合の交渉は条件が折り合わず決裂し、そのことも原因となって開発作業も中断されてしまった。
そこで下請企業は設計・開発フェーズについて既に実施した作業分の費用を請求したが、元請企業は正式な契約がないことを理由にこの支払いを拒み訴訟に発展した。