"Do the Right Things"とAI倫理
「少し前までは、AIは、"Do the Right Things"のためと考えられていました。しかし今われわれは、AIの負の側面にも備える必要に迫られています」
アバナードの最高AI責任者(CAIO)であるフローリン・ローター氏はこう語る。「Do the Right Things」という言葉は欧米でよく使われており、文字通り「正しいことをする」という意味である。一見すると当たり前のように思えるが、根底には「効率性や利益からではなく、普遍的な善を追求する」という思想がある。AIの開発においても、その危険性を考慮し倫理を追求する立場と、AIの進歩による利益を優先する効率主義的な考え方の違いがクローズアップされてきている。こうした中で、フローリン氏はあくまで倫理的な価値が重要だと指摘している。
フローリン氏は、生成AIの社会的インパクトを19世紀の産業革命に例える。「産業革命は社会に富をもたらす一方で公害や児童労働などの弊害も生み、20世紀に大きな課題を残しました」と語る。AIは新たな産業革命であり、人間とテクノロジーの関係を根本から考える必要がある。そのためには「歴史や哲学への洞察が重要」だという。
アバナードの最高AI責任者(CAIO)を務めるフローリン氏は、P&G、アクセンチュアでの経験を持つ。今回、来日の目的であったアバナードのイベントでの講演の中で、生成AI以降の取り組みを踏まえた4つの重要な指摘をおこなった。講演後のインタビューで、この4つのテーマについて語ってくれた。
- AIファーストは人ファースト
- 戦略的なガバナンス
- 責任あるAI
- データ、データプラットフォーム、エンタープライズアーキテクチャ
AIファーストは人ファースト
「AIと人」というテーマはこれまで何度も取り上げられてきたが、その論調は大きく変化している。少し前までは、「単純で反復的な仕事は機械に任せ、人は創造的な仕事に専念できる」という考え方が主流だった。しかし、生成AI以降は「クリエイティブな仕事こそが代替される」という懸念に変わりつつある。その中で「人ファースト」とはどういう意味かをフローリン氏に尋ねた。
「AIは生産性向上やコスト削減、自動化を推進するだけでなく、人々がより良い自分になれるよう支援することができる。生成AIには、従来は活躍の場が限られていたような人たちの才能を引き出す力があるのです」と語り、具体的な事例として同僚の女性社員のエピソードを紹介した。
「彼女は注意欠陥の傾向の悩みを抱えており、書類をまとめ上げることに強い苦手意識を持っていました。コンサルタントとしてのキャリアに悩み、アバナードを離れることも考えていたのですが、AIを使い始めたことで自信を取り戻したのです。社内の蓄積された知見をAIによって活用できるようになり、白紙の状態から文書を組み立てる必要がなくなり、資料やデータの調査も捗るようになったことで、自分にはコンサルタントとしての未来があると自信を持てるようになったのです。AIは生産性を向上させるだけでなく、人を元気にすることもできるのです」
フローリン氏は、生成AIを適切に活用することで、誰もがその持てる力を発揮できる環境を作れると主張する。社内に根付かせるためには、プロセス、ツール、トレーニングなどのプログラムが必要だとし、アバナードの取り組みを語る。
「お勧めしたいことは、会社全体のAIスクールを設立することです。アバナードでは65,000人全員をAIでトレーニングを行っています。社員全員がAIについて理解を深め、倫理的な問題を理解し、効率的な方法でプロンプティングを行う方法を身につけます」
責任あるAI
一方で、責任あるAIのためには人間の責任の所在を明確にすべきだと訴える。「AIは副操縦士でパイロットはあくまで人間。操縦士の人間が居眠りしてはいけません。AIのアウトプットを鵜呑みにするのではなく、常に人間が判断し、結果に責任を持つ。その意識を社員に徹底させるには、地道な教育が欠かせません」
責任あるAIを実践するためには、AIの誤用や悪用を防ぐセーフガードの設計が肝要だ。「リスクが高いユースケースでは、AIによる回答に情報ソースへのリンクを添え、ユーザーに原情報の確認を促すようにしています」とフローリン氏。また、あえて間違った回答を混ぜ、ユーザーの警戒心をテストする取り組みも行っている。「こうした仕掛けにより、ユーザーはAIを鵜呑みにせず、常に責任を持って利用する姿勢を身につけられます」