テルモCFOが語るファイナンス変革とAI活用:FP&AチームによるWorkday導入法
「Workday Elevate Tokyo 2025」」レポート
5月29日、ワークデイは「Workday Elevate Tokyo 2025」を開催した。「Forever Forward with Workday Elevate Tokyo-AIで加速する人財と経営の変革」と題した基調講演中、大きく取り上げられた事例の1つがテルモの「フォーキャスト改善」に向けた取り組みである。
事業と地域の多角化で生じた管理工数の増大

2000年以降の日本企業は、事業の海外市場への展開に積極的に取り組んできた。経済産業省が2025年5月に発表した「製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性」を見ると、日本の製造業トップ500社の海外売上比率は2008年から急激に上昇し、増加の一途を辿っている。また、海外現地法人の従業員数は2倍近く増加し、従業員数全体の6割超が海外拠点に在籍している。
日本を代表する医療機器メーカーのテルモも、このような企業の1つに数えられる。1921年創業の同社は、第一次世界大戦後、北里柴三郎博士をはじめとする医師らが発起人となり、良質な体温計の国産化を目指して立ち上げた赤線検温器株式会社を前身とする。その後の事業成長の歴史は、医療の発展の歴史と連動しており、企業理念に「医療を通じて社会に貢献する」を掲げ、同社は事業を通した医療課題の解決と患者のQOL(Quality of Life)向上に取り組んできた。2021年9月に創業100周年を迎え、次の100年に向けて新しい発展の道を歩み始めたところだ。
冒頭で述べたような、海外市場への積極的な進出で、国内売上比率と海外売上比率は完全に逆転した。2024年度の売上高は10,362億円。1994年度の1,149億円から30年で9倍に成長した。この成長を牽引したのが、積極的なM&Aを通じての海外事業の育成である。1999年の米3Mの人口心肺事業の買収に始まり、2011年の米CaridianBCT、2017年の米Bolton Medicalの買収などを通して、多くの事業をグループ傘下に収めた。M&A後の統合は容易なことではないが、海外における買収子会社を軸とした持続的成長の仕組みを構築したことで、1994年度には31%だった海外売上比率が、2024年度には79%にまで達した。
テルモのように、事業内容と進出地域の多角化を進めるほど、マネジメントの複雑性が増大する。一連の買収を通じた成長過程で、販売国、地域数は160以上、研究開発拠点は世界22ヵ所、生産拠点は世界29ヵ所、連結子会社は98社と、販売から生産までの商流が非常に複雑になり、事業と機能のマトリックス構造も複雑になった。加えてテルモが扱う製品数はSKU単位で5万点以上にもなる。価格帯も数1百円から数千万円まで幅広い。萩本仁氏によれば、この全ての管理工数は増大する一方という状況にあった。
不確実性の高まる事業環境で必要な組織能力
萩本氏は、直近ではゲーム事業のマネジメントに従事していたが、これまでの経歴を買われて2024年4月にCFO兼CIOとしてテルモに転じる。ゲームから医療機器と、業種もカルチャーも全く異なる会社への転身だが、現在はテルモで「経理、FP&A、財務機能の強化」や「ITのグローバル化」などに取り組んでいる。ファイナンスのテーマの中のFP&A(Financial Planning & Analysis)とは、CFO協会の定義によれば、「CFOの下で、分析、予測、計画の策定、業績報告といった業務を通じて、経営や事業の意思決定プロセスに貢献すること」をミッションとする組織機能になる。これまでの日本企業では例が少なかったが、NECや資生堂などで設置の動きが現れ始めている。
4月から始まった2025年度は、テルモの中期経営計画「GS26」の4年目に当たる。2025年現在、「GS26の実行状況は堅調に推移しており、最終年度の達成に向けて特に大きな問題は発生していない」との認識を萩本氏は示した。需要ファンダメンタルズは総じて堅調で、内部でマネジメントが可能なものに関しては対応できる。一方で、昨今の戦争や関税のような地政学的リスク、地経学的リスクの動向は予断を許さない。また、為替変動、原材料、輸送費、人件費、エネルギー価格の上昇傾向などの懸念材料もある。総じて、事業環境を取り巻く社会情勢は目まぐるしく変化している。「だからこそ、世の中で何が起きているか。それが私たちの事業にどんな影響をもたらすのか。どんな対策を講じるべきか。フォーキャストの材料についての理解を深めることが、全社の意思決定に重要になってきた」との見方を萩本氏は示した。
何より、前述した「全社管理工数の増大」の解決は急務である。次の100年に向けての成長でファイナンス部門が貢献したいこととして、萩本氏は4つ挙げた。まず「1. 将来の事業構造変革に耐えうる財務体質の確立」がある。今後もM&Aをきっかけとする事業ポートフォリオの見直しは頻繁に起こりうる。そうなると、今以上に全社管理工数が増大する可能性もある。見直しが発生する前に、強固な財務基盤を整えておきたいところだ。次が「2. 意思決定の迅速化」である。どんな選択肢があるか。複数の選択肢の中からどれを選択するべきか。常に最適な選択ができる組織能力を確立したい。また、いかに早くインサイトを現場と共有し、アクションを実行することが、変化が激しい事業環境では重要だ。さらに、「3. 資本効率の向上」「4. 資本市場との対話」も重要で、「その能力を支える仕組みを整えることは、待ったなしの状況にある」と萩本氏は語った。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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