塩野義製薬が挑むAI活用と医療倫理の両立/生成AIによるメディカルライティングの実践
塩野義製薬「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2025」レポート

塩野義製薬が開催した「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2025」(DS FES2025)では、メディカルライティング業務の効率化に向けた生成AIの実践的活用事例が紹介された。同社データサイエンス部のGenerative AIグループは、文書検索AIと文書作成支援AIという2つのアプリケーション開発を通じて、新薬開発プロセスの短縮に挑戦している。一方で、データジャーニー全体における高い倫理観の必要性も強調され、Data Ethics Canvasの活用やリスク評価の実施など、AI倫理を担保するための具体的な取り組みが示された。攻めと守りのバランスを取りながら、人々の健康に寄り添うAI活用の姿を探る。
生成AIで製薬業界の文書作成業務効率化に挑む

塩野義製薬では2024年10月、データサイエンス部内にGenerative AIグループを立ち上げた。グループ長を務める西村亮平氏(データサイエンス部 Generative AIグループ グループ長)は、「全方位ローラーで多くのことに取り組んでいる」と話す。グループの始動から半年超。生成AIブームは落ち着いたかに見えて、関連するテクノロジーの進歩は目覚ましい。やっとの思いで実装しても、より良いテクノロジーが登場すれば、既存の仕組みを捨ててでも、新しいテクノロジーに乗り換えなければならないこともある。全方位で今できるテーマから取り組むアプローチを採用したのはそのためだ。だからと言って、無計画、無秩序に取り組むわけではない。成果の相互活用ができるよう、要所で目配りをしながら、当座は成果の規模を気にせずに取り組むと決めた。「苦しみつつも楽しんで取り組む。それが成果に最も近づけると信じている」と西村氏は語っていた。
「今できるテーマ」の事例として、松野匡志氏(データサイエンス部 Generative AIグループ)が紹介したのが、メディカルライティング業務における生成AIの適用である。新薬開発プロセスは長い。一般的に10年以上かかると言われるこのプロセスの中でも、臨床試験は3年から7年を要し、文書に関するタスクが多く、あちらこちらでボトルネックが発生している現状がある。例えば、治験実施計画書(プロトコール)は、試験の設計図となる文書で、試験の目的、対象患者、評価項目、統計手法などを記述する。また、治験総括報告書(CSR)は、臨床試験を終えた後の結果をまとめた包括的な報告書で、ICH(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use)ガイドラインに従い、試験の目的から結論までを網羅的に報告する。
このような文書作成を行うメディカルライティング部門は、塩野義製薬では薬事部の中にある。松野氏が当該部門からヒアリングしたところ、さまざまな文書を高い品質を担保しつつ作成する必要があり、非常に負荷が大きいとわかった。まず、過去の文書も参照しながら、構成と記述内容を試行錯誤して進める。内容のレビューと修正、書式を整えて最終化するまでには数カ月程度はかかる。しかも試験ごとに規定の文書を作成しなくてはならない。このプロセスを1日でも短縮できれば、薬を必要とする人たちの元に、より早く新薬を提供できると考えた。

メディカルライティング効率化のための2つのAIアプリケーションを開発
Generative AIグループは、文書の自動作成とその品質向上をプロジェクトスコープに据え、メディカルライティング部門と共同プロジェクトを開始する。メディカルライティング部との対話から、プロジェクト初期から固く決めていたことが、「人間によるレビューは残す」という方針だ。結果、文書作成プロセスの中でも、ドラフトを作って、レビューに回すまでの初稿作成で生成AIを利用することに決まった。「メディカルライティングプロセス全体で見ると、15~20%程度の効率化を目指す形になる」と松野氏は説明した。そして、関係文書を検索するタスク、ドラフト作成のタスクの2つに焦点を当て、それぞれにアプリケーションを開発することにした。

メディカルライティングで参照する文書には、さまざまなものがある。1つ目の「過去文書検索AIアプリ」は、文書をベクトル化して検索しやすい形にし、担当者がプロンプトで文書に関する依頼を入力すると、該当文書に関する回答を返してくれる。RAGを用いたアプリケーションを開発し、効果を検証しているところだ。この文書検索ニーズは、メディカルライティングに限定するものではない。松野氏は「社内の他部門に展開できる汎用性の高いアーキテクチャーにしたいと考え、開発を進めている」とした。
もう1つの「文書作成支援AIアプリ」は、先に挙げたプロトコールや治験総括報告書(CSR)作成での利用を想定している。文書作成用のテンプレートの他、手前のプロセスで作成した文書、関連図表を合わせてデータベースに格納する。担当者はLLMと対話しながら、文書作成を進めていく。「過去文書検索AIアプリ」と同様に「文書作成支援AIアプリ」も開発中だ。
この記事は参考になりましたか?
- 関連リンク
- 冨永裕子の「エンタープライズIT」アナリシス連載記事一覧
-
- 塩野義製薬が挑むAI活用と医療倫理の両立/生成AIによるメディカルライティングの実践
- アドビが発表したAIエージェントによる新たな収益モデル/ウォールストリートも歓迎する2つめ...
- Salesforceが新製品「Tableau Next」で発表した「Agentic Ana...
- この記事の著者
-
冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア