“ちょっとしたコツ”でプロジェクト成功率は大きく変わる
企業の競争力を維持・向上させるために今や必要不可欠となっているDXプロジェクト。慢性的な人手不足に対応するための効率的なワークフローの整備、離職率を抑えて若い世代が安定的に働ける労働環境、リモートワークとオフィスのハイブリッドな働き方など、日本でも多くの企業でDXの取り組みが必要とされ、推進されています。情報処理推進機構(IPA)が報告した「DX動向2024」によると、何らかの形でDXに取り組んでいる企業は約73%と、近年ますます取り組みが普及しているといえるでしょう。
しかし、ひとたび実際のDXプロジェクトの現場に視点を移してみると、多くの担当者やマネージャー、経営者が様々な課題に囚われてプロジェクトが泥沼化していることが少なくありません。パーソルホールディングスの調査「DX推進に関する最新動向調査レポート」によると、「DX推進の障壁」として、「推進のためのスキルを持った人材を社内で育成できない」「社内のITリテラシーが不十分である」「組織体制や推進のための環境整備が不十分である」などの人材や組織面に関する課題が多く挙げられています。
業務の繰り返しを主眼とするルーチンワークと異なり、スタートとゴールが明確に存在し、マニュアルや前例のない物事を取り扱うプロジェクトはそもそも簡単な取り組みではありません。さらに、DXのような組織の力学や社内政治に影響されやすい性質のものは、ちょっとした「プロジェクトの回し方のコツや考え方」を知っているか否かで大きく成功率や進める際の「摩擦係数」が変わります。本連載では、これまで私がDXプロジェクトでしばしば見かけた「あるある失敗パターン」とその解決法をお伝えします。
第1回となる本稿で取り上げるテーマは「会社が縦割りで部長たちの言うことがまったく違う! こんなときどうする?」です。実現すべきDXの理想と、人材や組織の現実的な課題の狭間で板挟みに遭いやすい情報システム部門やIT部門の方々の参考となるヒントを紹介できればと思います。
変革の機会を潰しがちな「日本型組織」、優秀な人材の流出も
日本の多くの企業では「管理職」と呼ばれるマネージャークラスの人々が現場を束ね、組織の全体方針の骨格を作って上申し、さらに方針が決まった後は具体的な施策へと落とし込む役割を担っています。たとえばMeta(旧Facebook)のように、創業者がある日突然今までとは異なるビジョンを掲げて事業方針や組織の構成をドラスティックに変えていくような手法は日本では極めて稀でしょう。いわゆる「日本型組織」では、事業の全体方針を現場に浸透させる際に管理職が各種の調整を行うため、上層部による方針の変更によってもたらされる現場の軋轢や人材の流動性(異動や離職、急激な新規採用など)を和らげる働きがあります。これによって企業の外部変化や経営者の方針に適応するスピードが落ちる反面、管理職が組織の“サスペンション”のような役割を果たすことで、急激な変化にともなう組織への好ましくない影響を抑えることができるのです。
一方で、管理職が調整の役割を果たす際は、その人自身が持っている公式・非公式な人的ネットワークが活用されるため、組織の上位に位置する部長や管理職、執行役員の発言力が大きくなりがちです。また、それぞれの職位や入社年次内での出世競争と相まって「派閥」のような力学も発生しやすくなります。こうした縦割り型の組織では、既存の組織の力学をかき乱したり変化させたりする可能性があるプロジェクトは関係者から無視されたり、妨害されたりすることが少なくありません。特にデジタルによって業務フローを変更し、人材配置や組織の意思決定のあり方まで変えていく可能性があるDXプロジェクトは「長年かけて築いた自分のシマが荒らされるかもしれない」と考える権力者によって意図的に潰される可能性が高いのです。
しかし冒頭でお話しした通り、今やDXはほぼすべての組織にとって必要不可欠な取り組みです。既存の組織構造や社内政治に引きずられて取り組みを停滞させていると、あっという間に時代の変化に取り残され、最終的に変革を行う余力すら残されていない組織になってしまうでしょう。また、何度も変革の取り組みを潰してしまうことで「どうせウチは何をやっても変わらない」と諦めの空気が組織内に蔓延し、優秀な人材の流出を加速させてしまうかもしれません。縦割り型の組織では、こうした危機感をどれだけ持ち、プロジェクトの原動力とできるかがDX成功のカギを握るといって良いでしょう。