日本企業は江戸期から脱却せよ
「クラウドコンピューティングは本当に使えるのか」「果たして安全なのか」「コストが高すぎるのではないか」。こうした質問が、ガートナージャパンの亦賀忠明氏にいまだに寄せられているという。これらは一見もっともらしい懸念に思えるが、実際にはすでに解消されている疑問だ。それにもかかわらず、このような古い認識が、日本企業のデジタル変革を大きく妨げている。
亦賀氏は、このような状況を「日本企業が黒船来航前の江戸時代にとどまっている」と表現する。このままでは、新しい時代である「明治」に移行することなく、競争力を失ったまま取り残されてしまうという危機感を彼は強調する。「今だに『クラウドは使えるのか』と質問してくる方は、20年ぐらい後ろを走っていると思っていただいたほうがいい」と亦賀氏は語る。
亦賀氏によれば、日本企業は世界的なデジタル競争において遅れを取っており、このままでは2030年以降、多くの企業が急速に衰退し、消滅する可能性すらあるという。その背景には、日本企業全体として新しい技術への理解や適応力が不足している現状がある。特に経営者層や管理職層による意識改革が進んでおらず、その結果として技術導入や運用プロセスも停滞している。
トラディショナルベンダーやSIerの見積もりを鵜呑みにするな
亦賀氏は、「すべての企業がそうであるとは限りませんが」と前置きしつつ、日本企業経営者や管理職層の一部には依然としてクラウドコンピューティングについて根本的な誤解を抱えており、その結果としてデジタル革命への移行が阻害されていると指摘する。
具体的には、「クラウドは安全ではない」「コストが高すぎる」といった懸念や、「クラウドとは単なるホスティングサービスだ」という誤解、「オンプレミス環境を少しずつ改善すれば十分だ」という過信などが挙げられる。これらはいずれも、日本企業全体として新しい技術への理解と適応力が欠如していることを象徴している。
特に指摘したのが、「クラウドコスト」に関する認識の浅さだ。「クラウドは高い」という意見はいまだ多く聞かれる。しかし亦賀氏によれば、その評価自体が不適切だという。クラウドは多くの機能群の集積で、単体のコスト比較は意味がない。コストを判断するためには、徹底的な理解が必要だ。
「例えば、AWSには693種類ものインスタンスがあります。その価格差は最小6,622円/年から最大1億6,000万円/年まで広範囲です。どれを選ぶかによってコスト構造は大きく変わります」と亦賀氏は具体例を挙げて説明する。このようにクラウドコストは選択肢次第で大きく変動するため、一概に「高い」「安い」と評価できるものではない。
重要なのは、自社システム規模や将来的な拡張性など具体的なニーズに応じて最適解となるサービスを選択することだ。しかし、この判断プロセスについて多くの場合、日本企業ではトラディショナルなベンダーやシステムインテグレーターに丸投げされてしまうケースが多いという。「ベンダー任せになることで、不必要に高額な見積もりやオーバースペック提案を鵜呑みにしてしまい、本来不要だった数十倍ものコスト負担につながるケースもあります」と亦賀氏は警鐘を鳴らす。
セキュリティへの不安についても、クラウドに対する大きな誤解の一つだ。「クラウドには、それを駆使できるプロフェッショナルが必要です。さもないと、セキュリティや稼働率は保証できません」と亦賀氏は指摘する。しかし適切な設計と運用によって、クラウドであっても99.999%稼働率(ファイブナイン)を満たすアーキテクチャによる「止まらない」システム構築は可能だという。
ただし、そのためには徹底的に新しいスキル、マインドセット、そしてスタイルが必要になる。従来型オンプレミス運用やウォーターフォール型開発手法では限界があり、新しい開発・運用手法へ移行しなくてはならない。例えばCI/CDパイプライン(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)など、新しい仕組みへの対応も求められる。