LT後半:チェンジマネジメント普及/OTセキュリティ/IT投資の価値
特別講演の前には、情報システム領域で活躍する女性リーダー5名によるライトニングトークス(LT)が開催された。様々な企業や領域で活躍する女性リーダーの奮闘とは。後編では、荏原製作所 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長 兼 CIOオフィス/情報通信統括部/人財戦略部 入江哲子氏、資生堂 情報セキュリティ部 髙橋宏美氏、大日本印刷 出版イノベーション事業部 hontoビジネスセンター ハイブリッドプラットフォーム開発本部・本部長 塩崎美恵氏のLTを紹介する。
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荏原製作所:大型プロジェクトの効果を最大化する「チェンジマネジメント」
荏原製作所では、グループ会社全体を対象とした基幹システムの導入を欧米・アジアで実施し、グローバルでの一体経営を目指して取り組んでいる。300人を超えるプロジェクトを強力に進めている根底には、日本ではまだ馴染みの少ない「チェンジマネジメント」があるという。なぜチェンジマネジメントが必要なのか、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長 兼 CIOオフィス/情報通信統括部/人財戦略部の入江氏が語った。
入江氏は、「人的側面に対する支援が不十分だと、技術的な変革がうまくいっても結果として定着せず、成果が得られないこともある」と指摘する。入江氏は3年前から現場の声を重視したアプローチを展開。各部門が抱える固有の課題やニーズを丁寧に聞き取り、それぞれに適した解決策を提案している。

株式会社荏原製作所 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長
兼 CIOオフィス/情報通信統括部/人財戦略部 入江哲子氏
変革の推進にあたっては、チェンジマネジメントのフレームワークの1つ「ADKARモデル[1]」を活用し、段階的な施策を実施した。入江氏は、「こちらが一方的に啓発活動や情報発信をしても、受け手の畑が耕されていないと浸透しない。段階的なプロセスを踏むことで、効果に大きな違いが生まれる」と語る。
チェンジマネジメントを進めるために、全社のマインドセットの共通化も意識しているという。経営層から現場まで、「なぜこの変革が必要なのか」「どのような効果が期待できるのか」といった本質的な問いかけを通じて、組織全体の意識改革を進めている。
[1] 「Aware(認識)」「Desire(欲求)」「Knowledge(知識)」「Ability(能力)」「Reinforcement(定着)」の頭文字
資生堂:国内工場における、現場を巻き込んだOTセキュリティの実装
資生堂は、信頼性の高い製品供給を維持するため、製造現場のOTセキュリティに注力している。情報セキュリティ部の髙橋氏は「現場の皆さんをいかに巻き込むかに重点を置いた」と語る。
同社がOTセキュリティに着手した背景には3つの要因があるという。第1に、国内生産性向上を選択し、2019年以降に立ち上げた那須、大阪茨木、福岡久留米の新工場では「PEOPLE FIRST」の理念で自動化が進み、OTとITの接続が増加。コロナ禍のリモートメンテナンス導入も接続ポイントを拡大した。第2に、同時期に他社で取引先がサイバー攻撃によって生産ラインが停止する事態があり、社内の危機感が高まったこと。第3に、グローバル各国で工場向けのガイドラインや規制が整備され、対応が急務となったことを挙げた。

まずは、1工場につき6~9ヵ月のセキュリティアセスメントを実施。髙橋氏は、「各工場長にはなぜセキュリティ強化が必要なのか、生産責任者には具体的な工数や影響を丁寧に説明した」と振り返る。
その後の是正活動では段階的なアプローチを採用した。1年目は予算確保前でも実行可能なピープル・プロセス系の対策を優先。工場特性を考慮した管理手順の整備、ネットワークゾーンの論理的分離、保守ベンダーの外部接続手順の策定、LANポートブロックやウイルスチェックなど比較的安価に実施できる対策を進めた。2年目は既存工場に対してファイアウォール導入によるゾーニング強化、遠隔管理できないノンインテリジェントハブを廃止するなど脆弱性対策を徹底した。今では、セキュリティのe-Learningを実施するたびに、工場から「100%受講を目指そう」と声が上がるほど、意識が高まっているという。
髙橋氏は、「セキュリティには全体のチームワークが不可欠」と強調する。今後は持続的な改善とさらなる意識向上を目指した教育活動を計画している。
DNP:IT投資による価値創出にとことんこだわるマインドセット
IT投資が企業の競争力を左右する現代、ITの価値最大化が経営課題となっている。大日本印刷(DNP)の塩崎氏は「価値にこだわるマインド」をテーマに、自身の経験を共有した。
DNPは1876年創業の印刷会社だが、現在はスマートコミュニケーション、ライフ&ヘルスケア、エレクトロニクスなど多様な事業を展開。「P&Iイノベーション(印刷技術と情報技術の融合)」を核に価値創造を進めている。
塩崎氏は情報システム部門で全社DX推進を経験し、現在は出版イノベーション事業部でhontoビジネスの開発責任者を務めている。まさに「ビジネスとITが有機的に結合した組織」のリーダーとして、「IT投資は手段であり、目的はビジネス価値の創出」と語った。

大日本印刷株式会社 出版イノベーション事業部
hontoビジネスセンター ハイブリッドプラットフォーム開発本部・本部長 塩崎美恵氏
具体的手法として塩崎氏が実践する「アウトカムデリバリー」は、単なる機能実装ではなく事業成果に焦点を当てたアプローチだ。「明確なビジネス目標設定→実行→モニタリング→成果評価」というプロセスを通じて、投資対効果を可視化する。
塩崎氏が特に警鐘を鳴らすのは、企業にありがちなリスク軽減投資の軽視だ。「ビジネスの変革・成長には新たな価値創出の投資が、運営フェーズではリスク軽減のための投資が必要」と説明する。「せっかく作ったから捨てるのはもったいない」「運営にそんなコストがかかるの?」といった感覚的判断が“不良IT資産”を蓄積させ、結果的に事業競争力を低下させるという危険性を指摘。
「150年企業の強みを活かしつつデジタル時代を勝ち抜くには、ITによる価値創出にこだわるマインドを組織文化として定着させることが不可欠」と塩崎氏は結んだ。