ビジネスメタデータ整備は「大きな戦略、小さな実行」で “AIレディ”な環境実現に向けた具体的ポイント
AI活用の効果を実感できている企業はわずか10%……自社の暗黙知をデータ化する際に気を付けるべき点
EnterpriseZine編集部は、2025年11月7日にオンラインイベント「Data Tech 2025」を開催。Quollio Technologies 阿部恵史氏の講演「プロンプトでは届かない──AIが"意味"を理解するための『ビジネスメタデータ』戦略」では、AI活用で期待以上の成果を出すために不可欠な要素が解説された。阿部氏は、生成AIの活用に取り組む日本企業のうち、期待以上の効果を得ているのはわずか10%に過ぎない現状を指摘。この課題を乗り越え、AIがデータの背景や文脈を理解するには、人の暗黙知である業務コンテキストを形式知化し「ビジネスメタデータ」として整備することが不可欠だと強調した。
AI活用の効果を実感できている企業はわずか10% 原因は「ビジネスメタデータ」の不足
生成AIをはじめとした技術革新が急速に進む中、全社規模でのデータ活用基盤の整備が、IT部門にとって必須となっている。しかし、PwC Japanグループ(以下、PwC)の調査「生成AIに関する実態調査2025春5カ国比較」によると、生成AIの活用や推進に取り組む日本企業が76%に上る一方で、期待以上の活用効果を実感できているのはわずか10%に過ぎない。阿部恵史氏は、海外企業と比較し日本のAI活用が伸び悩む要因として、データの意味を定義・共有するための「ビジネスメタデータ」の不足を挙げた。
多くの企業が直面している、「データの意味が分からない」という状況は危機的だ。たとえば製造業において、生産拠点から「91.5」という数値データが出たとする。この数字だけでは、それがシャフト径を示すのか、スピンドル温度を示すのかは判別できない。
これまでは、データを記録する者と受領する者が、日々の業務を通じて“暗黙知”として意味を共有していた。しかし今後は、労働人口の減少などにともない、熟練者の経験や知識に基づく暗黙知の継承が困難になってくる。新しく配属された社員やAI、システムには、数値が持つ意味やそれが正常値か異常値かどうかを判断できない。これは先に例に挙げた製造業に限らず、どの業界でも共通の課題だ。
冒頭に述べたように、日本企業では多くのAIプロジェクトが失敗に終わったり、期待通りの成果が出ていなかったりしている。その原因の多くは、データの「意味」が定義・共有されていないこと、すなわちメタデータ整備の不足にある。AIプロジェクトの失敗要因としては、データ品質の問題、必要なデータの不足、そしてデータの意味や定義の不明確さが挙げられており、これらはすべてメタデータ、特にビジネスメタデータの整備により改善が可能となる。
実際、PwCの調査では、活用効果が期待未満の企業の30%がデータ品質を失敗の最大の原因に挙げている。阿部氏は、AIは高度な計算はできるが、データの背景や文脈を自律的には理解できないため、「データがもつ意味の不明確さ」がAIプロジェクト失敗の最大要因となると解説した。
このような背景を踏まえると、データマネジメントの理想形はシステム開発者向けの「テクニカルメタデータ」、運用担当者向けの「オペレーショナルメタデータ」、そしてビジネス部門向けの「ビジネスメタデータ」を統合して、実データ管理と同期させながらガバナンスを効かせる形になるだろう。テクニカルメタデータやオペレーショナルメタデータはシステム運用には不可欠だが、データをビジネスで真に使いこなすには、ビジネスメタデータによるサポートが必須となる。
「しかし現実には、多くの企業でビジネスメタデータの収集、管理、活用を行うスキームが確立されておらず、メタデータが実データ管理サイクルに同期されていない状況がある」と阿部氏は述べる。結果として、生成AIやAIエージェントを導入しても、その効果が抑制されてしまうのだ。
データは、しばしば石油資源に例えられる。原油が精製され、ナフサを経て、初めて生活に役立つ石油製品になる。実データもそれ自体は資源、すなわち原材料や原石の状態だ。データにメタデータを付加して精製、つまりは情報化することで、初めて誰もが使える資産へと変換される。多くの企業がデータ活用に苦慮しているのは、資源である実データをそのまま使おうとしているからだと指摘する。
ビジネスメタデータ整備は「スピーディー」に 推進時に気を付けるべき要点
ビジネスメタデータは、データ項目の論理名や定義といった基本情報に加え、具体的なビジネスルールやセマンティック(意味論的)な定義までを含む。たとえば小売業の顧客行動データの場合は、オンライン購入後の店舗受取が48時間を超過した際のフォローコールの実施や、顧客満足度調査の対象とするルールなどを、自然言語として定義する。
ここで重要なのは、これらの暗黙知的な情報を、システムが実行できる「機械可読な形式」、たとえばルールエンジン向けの記述などに変換する必要がある点だ。阿部氏は「AI時代のデータ活用には、セマンティックレイヤー(意味の統一)の整備に加え、人間の暗黙知をAIが理解できる形式へと変換する必要がある」と説明する。曖昧な指示を明確なビジネスルールに変換し、それを機械可読な表現に落とし込むことで、AIが正しく動けるようになり、人間の判断を支援、代替できるようになるのだ。
ビジネスメタデータの有無は、企業の生成AI活用において決定的な違いをもたらす。たとえば、RAG(検索拡張生成)を用いた検証事例では、テクニカルメタデータのみを利用した場合、AIがデータの構造を認識するだけで、ビジネス的な意味合いは理解できない。そのため、アクセスできない情報に基づいてしまい、ハルシネーションを起こす可能性がある。追加の質問に対しても、ビジネスに役立つ回答を得ることは難しい。
一方で、ビジネスメタデータを加えたRAGでは、AIが提供されたデータを正しく理解し、分析に必要な情報を自ら探索できる。結果として、分析結果だけでなくアクセス権限や利用意図、生成の背景といったコンテキスト情報までを付加した、信頼性の高い実行可能なインサイトが得られるのだ。「どれほどプロンプトに工夫を凝らしても、その後ろに用意されたメタデータ以上の結果は出せない」と阿部氏は指摘する。
ビジネスメタデータが整備されることで、現場の業務スピードは大きく向上する。たとえば、品質トラブルの原因特定に人海戦術で2週間かかっていたものが、データ解析の結果、2日へと大幅に短縮される効果が生まれるといった例が示された。
このビジネスメタデータ整備には、速いスピードが求められる。IoTのセンサーデータや画像・動画データなど、実データ量が指数関数的に増加し続けることに対し、ビジネスメタデータの整備は、特に初期段階では人手に頼る部分が大きく線形的にしか増加が進まないため、時間差によるギャップが生まれるという。
このギャップを埋めずにいると、意味が不明確で使われないデータが大量に蓄積されてしまい、取り返しのつかない状況に陥る。反対に、いち早く取り組みを開始した企業は、部分的なメタデータ整備の自動化ができる段階に入り、競合との差をますます広げられるだろう。
「ビジネスメタデータは、データの業務的意味を明確化し、認識齟齬を防止する“翻訳者”であり、膨大なデータから必要なデータへの道筋を示す“案内人”でもあります。さらに、データの信頼性を担保し、不適切な使用を防止する“品質管理者”としての役割も果たすのです」(阿部氏)
メタデータ整備は「Think Big」と「Start Small」で進めるべし
実効性の高いAI活用が可能な状態である「AI Readiness 3.0(データを使いこなせる状態)」に到達するには、段階的なステップが必要だ。まず、データが技術的・品質的に担保され、存在と所在が把握されている「AI Readiness 1.0(データを使える状態)」を目指す必要がある。次に、データの意味や定義が統一・共通化され、ガバナンス的に担保されている「AI Readiness 2.0(データを使っても良い状態)」に進む。この2.0へのステージアップには、ビジネスメタデータによるセマンティックの整備が必須となる。
そして3.0の状態にもっていくには、ビジネスコンテキスト、すなわち業務上の使い方や判断根拠などの整備などが必要となる。AI活用は、生成AIによる業務支援から、Agentic AIやMulti-Agentic AIなどによる業務の代替や自動化へと進んでいく。AI Readiness 2.0以降の段階ではIT部門だけでなく、ビジネス部門が主体となり、メタデータオーナーを中心に部門や業務の暗黙知を形式知化していく役割を担う必要があるのだ。
また、「一連のメタデータ整備のジャーニーを成功させるには、中長期視点から戦略的に描く『Think Big』のアプローチが重要だ」と阿部氏は説明する。戦略策定フェーズでは、業務プロセスとデータの関係性をマッピングし、経営層による投資のコミットメントを得る必要がある。続いて、実装・段階的展開フェーズでは、AIプロジェクトにおけるメタデータの利用を必須化するなど、現場主導の活用文化の定着にフォーカスすることが重要だ。
「戦略は大きく描く一方で、実行は『Start Small』で小さく始めることが成功の秘訣だ」と同氏。完璧主義に陥り、すべてのデータ整備から始めるのではなく、効果はそれほど大きくなくても、スピード感をもって1つのサイクルを回せるような、最小実行可能な範囲のプロジェクトを選ぶことが重要となる。
たとえば、小売業におけるポイントサービスのマーケティング業務において、1つのキャンペーンで顧客行動フローとポイントフローの詳細なマッピングを実施し、担当者へのヒアリングを通じて暗黙知の抽出と文書化を行い、標準フォーマットを作成して試行運用を開始するといったアプローチが考えられる。
このような小さな成功が積み重なると、技術面の改革だけでなく人や組織の意識変革も起こってくる。阿部氏は「技術偏重に陥らず、ビジネスコンテキストである業務理解やプロセスとセットで取り組むことが成功のカギであり、成果が出たら素早くそれをアピールして、社内的な機運を高めることが重要だ」と強調した。
メタデータ整備の取り組みを開始する際には、まず現状の立ち位置を正確に把握することから始めるべきだ。たとえば、メタデータマネジメントの成熟度アセスメントなどを活用し、自社のメタデータの充足度を正しく把握することで、強みや弱みが明確になり改善ロードマップを策定することができる。
Quollio Technologiesは、メタデータマネジメントに特化した専門企業として「Quollio Data Intelligence Cloud」というプラットフォームを提供している。同社は、エンタープライズの複雑な運用要件に耐えうる技術プラットフォームの提供と、日本企業の組織構造や商慣習に沿ったメタデータ整備・活用を実現するためのコンサルティングサービスの2つの側面から、企業のAI、データインテリジェンス活用の実現を総合的に支援しているとのことだ。
AI活用で期待を超える効果を生むには、人による判断の基準や業務の暗黙知、ビジネスコンテキストをAIに理解させることが必要だ。そのための第一歩として、メタデータ、特にビジネスメタデータの整備は必須であり、早期に着手すべき取り組みである。
阿部氏は「暗黙知の消失リスクが加速し、AI活用効果の格差が広がり、それが競争優位性に直結する今、ビジネスメタデータの整備は遅きに失しないうちに始めるべきだ」として、講演を締めくくった。
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提供:株式会社Quollio Technologies
【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社
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