2025年11月26日、レクシスネクシス・ジャパンは、2025年法務動向総括と2026年のコンプライアンス市場予測に関するメディアラウンドテーブルを開催。ゲストとしてプロアクト法律事務所 代表パートナー弁護士・公認不正検査士 竹内朗氏が登壇し、今年の総括と今後の予測が語られた。
竹内氏は、今年に起こった企業不祥事の傾向と要因分析について、「会計不正」「金融」「情報セキュリティ」「競争法」「ビジネスと人権」「ガバナンス」という6つの観点から注目トピックを説明した。
会計不正
まず注目すべき事案として、オルツの事例が挙げられた。IPO(Initial Public Offering:新規公開株式)前に文書決算をしていたことがIPO後に発覚し、上場廃止になったというものだ。この案件は既に刑事事件化しており、今後は民事の損害賠償責任の訴訟が発生、何らかの判決がつくのではないかと竹内氏は予測する。
かつて、半導体製造装置メーカーであるエフオーアイでもIPO直後に巨額の粉飾決算が明らかになり、上場が廃止され、刑事事件になったという類似事例があるという。オルツの一件は「エフオーアイの再来」とも言われるような衝撃的な事件だったと竹内氏は説明した。
「かつてのエフオーアイの一件では、監査法人や証券取引所などのゲートキーパーが手痛い思いをしました。結局、我々はあの一件から何を学んだのか。つまり、ゲートキーパーの資本市場を守る力が再度問われている状況だと考えています」(竹内氏)
金融
実務家の中で注目が集まっている事案として、「いわき信用組合の不正問題」があるという。具体的には、第三者委員会が調査を進めた結果、使途不明の資金が10億円弱ほどあるということが判明。これにより、同組合は一度行政処分を受けるとともに経営陣を大幅に刷新した。その後、刷新された経営陣が特別調査委員会を立ち上げ、使途不明の資金について調査を行ったのだが、資金が反社会的勢力に流れていたことが明らかになったのだ。
また、同組合は2011年の東日本大震災を受け、その翌年に公的資金を注入されていた。そういった立場でありながら上記のような行為を行っていたことから、金融庁も問題視している事案だという。今後の金融庁の動きが注目される案件だとした。加えて、「類似の事案が他では起こっていないのか」という懸念も上がっており、大きな話題になっているとのことだ。
そのほか、三菱UFJ銀行の貸金庫からの窃盗事件も大きな話題となった。行員が貸金庫から顧客の資金を盗んだという内容だが、この事件の問題点として竹内氏は「不正認知までの期間」を強調する。
不正が始まってから顧客からの申告を受け、同行が不正を認知するまでに約4年半がかかっており、その間にも14億円の金品が窃盗されている。「日本を代表するメガバンクが、こんなにも大規模な不正に4年半も気が付けないというのは、大きな問題だ。三菱UFJ銀行が出した再発防止策を見ても、その点に大きな力点が置かれたものになっている」と同氏は分析した。
また、損害保険会社では2023年から2025年にかけて立て続けに行政処分がなされていることを竹内氏は指摘。1つ目は、ビッグモーターの不正請求問題に関する、損害保険ジャパン(損保ジャパン)に対する行政処分だ。2つ目は、損害保険の大手4社(東京海上日動火災保険、損保ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険)がカルテルを結んでいることが発覚し一律で行政処分を受けた案件。3つ目は、損害保険の代理店や出向者を通じて個人情報を不正取得していたとし、同上の4社が一律行政処分を受けた案件だ。
「損保業界で特徴的な点は、一社が不正をしているのではなく、大手企業が揃いもそろって同じ不正を働いている点にあると思います。1つ目の事例に出したビッグモーターに関して、行政処分を受けたのは損保ジャパンだけですが、ビッグモーターと不適切な関係があったのはほかの大手損保企業も同じなのです。今は、業界ぐるみの非常に根深い問題が明らかになっている状況だと感じます」(竹内氏)
情報セキュリティ
アサヒグループホールディングスおよびアスクルなどの事案に代表されるような、ランサムウェア被害の問題が重要視されている。ランサムウェア被害に関しては、どれだけ事前の対策に尽力していた場合でも、実際に攻撃者に狙われた際に100%攻撃を防げる可能性はけっして高くない。そのため、攻撃を受けた際に「いかにダメージを最小化するか」というBCPにも似た対策が必要だという論点が挙げられている。
もうひとつ、竹内氏が注目している論点として「攻撃者との交渉および金銭の支払いの是非」があるという。そもそも攻撃者と交渉してもよいのか、交渉の結果、攻撃者に身代金を支払うことが合法の経営判断として処理されるのかという問題だ。たとえば、米国のマネーロンダリング規制などに違反せず、攻撃者に身代金を支払うことが可能なのか。今は、その対応について議論の真っ最中とのことだ。
競争法
代表的な事案として、三菱ふそうトラック・バス(三菱ふそう)の金型無償保管事件が挙げられた。これは、三菱ふそうがトラックやバスの部品製造に必要な金型を下請け業者に無償で保管させていたというもの。これは、業界内で長年続いていた慣習だと言われているが、中小企業に対して正当な対価を支払い、賃上げを図るための政策が行われている中でこういった事案が生じたことを、公正取引委員会などは問題視しているとした。
ビジネスと人権
フジテレビと日本テレビの事案が紹介された。両社ともに、有力な番組出演者によるハラスメント行為やコンプライアンス違反が発覚。その後の対応について大きな注目を浴びた。この問題は、番組出演者(カスタマー)から従業員を守るのかというカスタマーハラスメントの類型のひとつとして考えられるという。「この問題は人的資本経営にも直結する問題だ」と竹内氏は語った。
「フジテレビと日本テレビの決定的な違いは、社内のガバナンスが効いていたかどうかにあると思います。フジテレビの場合は、中核子会社の社長と専務、編集局長が『ハラスメント調査をしない』『番組出演を継続する』という判断を行った。一方で、日本テレビの場合は外部の弁護士を設置し、調査を行ったうえで取締役会の最終的な判断として番組降板という経営判断を下した。この視点から見れば、日本テレビのほうが社内のガバナンスが効いていたという結果になるでしょう」(竹内氏)
ガバナンス
サントリーホールディングスの会長が辞任した一件が紹介された。同案件は、当時の会長だった新浪剛史氏が大麻由来成分を含んでいる疑いのあるサプリメントを購入していたことが発覚し、会社側が会長に辞任を求めたというものだ。これに関して竹内氏は、上記の日本テレビの事案と同様に社内のガバナンスが機能していたという意味で、重要な一例であるとした。
これらの事例を踏まえ、竹内氏は「今後は、企業における法務部門の役割が大きく進化するだろう」と予測する。法務部門が介入すべき領域は「法令遵守」の範囲にとどまらず、より広いリスクマネジメント、さらには経営戦略にも及ぶだろう。
また、三菱UFJ銀行の事例が示すように、現場の不正や問題が経営陣に届くまでに時間がかかることは、企業リスクを増大させる要因のひとつである。こういった事態を改善するためにも、「今後は経営陣が現場の動きに耳を傾ける姿勢がより重要となってくる」と同氏は述べた。経営層が現場に関心を払い、問題解決にコミットする信頼関係が構築されれば、現場は自ずと情報を共有するようになる。この信頼関係が、リスクを軽減させるカギとなるだろう。
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