「レガシーは戦犯じゃない」小野和俊×磯村康典によるCxO対談 正反対の2人が語る、AI時代のIT論
「IT Strategy Summit 2026」レポート
レガシーを「否定しない」 AI-Readyとの向き合い方
磯村:これまでのシステムは「人が使う」前提で、UXやユーザビリティが命でした。しかし、AIエージェントが使う前提となると、必要なのはUXではなく、MCPやAPIといったAIエージェントが使いやすいインターフェースです。極端な話、「私のポイントはどれくらい溜まっている?」とAIに聞ける世界になれば、スマホアプリのUXは要るのか? という議論になるでしょう。であれば、レガシーシステムであってもAIが使いやすいようにしていくこと。これこそが業務システムを構築する上で、一丁目一番地だと思っています。
小野:まさに同じ考えをもっており、2025年9月にCSAXを発表しました。同戦略では「AIフレンドリー」、今でいえば“AI-Ready”を掲げています。このAI-Readyにすべき対象は、大きく2つあると考えています。一つはシステムで、MCPやAPIを備えること。レガシーと呼ばれるシステムは「5年に一度、必要な分だけを更新して残りは塩漬け」となりがちですが、それだとAIエージェントから呼び出せません。もう一つの対象は、規程などの文書です。(人間が直接読んだり解釈したりできる)ヒューマンリーダブルであると同時に、「AIリーダブル」にしておかなければ、RAGを構築してもハルシネーションが起きやすくなります。
このとき、個人的に引っかかっているのが「2025年の崖」という言葉です。今は、なんでもレガシーのせいにされていますが、実在するシステムを戦犯扱いしても仕方がありません。であれば、否定せずにラッピングして包み込む。もちろん、脆弱性のあるフレームワーク刷新などは行って、AIから叩けないものは変える。ただ、全部壊してつくり直しても、互換性や現行踏襲の壁を越えられません。“優しさ”のあるシステム更改がポイントです(笑)。
磯村:当然ながら、どこから着手すべきかは業種で大きく異なります。金融やITは、IT資産そのものが価値を生むため独自性が必要です。一方、流通や飲食はインフラとしての役割が大きいため、大半は置き換えられます。その上で、私が最初に手をつけたのは「内部統制」です。小売・飲食で対象になるものは、売上や仕入れ、人件費です。会計システムに流れるデータは取引発生後であるため、ルールベースで一気に合理化できます。POSシステムや受発注システム、勤怠管理システムといったデータの発生源から会計システムまで、一気通貫でIT統制を効かせられます。逆に取引発生の手前に位置するマーケティングの世界は、個人情報さえ守れば少し緩くてもいい。この線引きが重要ですね。
小野:私はプログラマーとして、昔から「あるものは使い、ないものをつくる」を基本方針にしてきました。つまり、車輪の再発明はしません。磯村さんのおっしゃる通り、既にコモディティ化したSaaSがあるならば、いたずらにつくり直さずフィット・トゥ・スタンダードで構築すべきです。ただし、金融の世界には、乗り換えれば済むわけではないものも多く、当社も最初は大変でした。2008年に始まったクレジットカード基幹システムの刷新が10年かかり、2018年にようやく稼働。ITのせいで会社の成長が止まった、動かないコンピュータだ、と言われるような状態でした。
当初、メインフレームを包み込むAPIレイヤーをベンダー開発でつくる計画だったのですが、私がCIOになった2021年に「このまま進めたら何もできなくなる」と判断しました。除却稟議を出してでも変えるべきだ、と。ステークホルダー調整は終わっていましたし、期限は残り1年と少し……ベンダーからは「正気の沙汰じゃない」とまで言われました。しかし、現場が「やりたい」と言ってくれた。途中から内製開発に切り替え、基盤をメインフレームからAWSへと移行するなど試行錯誤し、2022年夏にカットオーバーできました。ランニングコストは年間1億円ほど下がり、円安・物価高を跳ね返して柔軟性とスピードを手に入れられた。その基盤があるからこそ、AIコールセンターが必要となった今でも、基幹システムまでAIがデータを取りにいけるのです。だからこそ、「全部レガシーのせい」という物言いは、なおさら違うと思います。
磯村:私も、大きく除却損を計上したことがあります。オンプレミスのデータセンターを抱えていましたが、まずはAWSにもってこないと触ることすらできなかったため、直前に購入していた大規模ストレージは廃棄しましたね。単に新しいことを足していくだけでは、仕組みが二重三重に増えていく。捨てる、やめる決断をしないと変えられません。
小野:今の経営層は、「AIですべてが劇的に変わる」と期待値が高い。とはいえ、AIコールセンターを買ってきても、基幹システムとつながらないと効果は限定的です。だからこそ、一見地味なシステム更改の稟議であっても、「APIを叩けないなら絶対ダメ」と言えるかどうか。これが将来的に効いてくるでしょう。磯村さんは今、すべてのシステム更改をレビューしているそうですね。
磯村:ええ、着任2週間ですが、金額に関わらずIT投資は全件チェックしています。放っておくと、とんでもない契約が平気で通ってしまう。先日も止めたばかりです。現状を把握するためにも、最初のうちは全件見たほうがいいですね。
小野:決裁権限を現場に下ろすことは、一般的にベストプラクティスとされます。しかし、現在のようなパラダイムが変わる局面では、それが逆にアンチパターンに転じてしまう。今まで良しとされたものが、NGとなるわけですから。
磯村:おっしゃる通りで、ガイドラインをつくり直す必要があります。当然ながら、CIOが全件チェックすること自体はボトルネックになるため、IT投資の方向性を整えたら、また現場にどんどん任せていきます。とはいえ、今システムが10年固定されたら、さきほどの“2025年の崖”になってしまいますからね。
ベテラン×AIと若手育成──AI時代に問われる「人の価値」

磯村:AI時代には、技術的な問題だけが発生するわけではないと思います。たとえば、エンジニアに関係なく、若手の下積みだった仕事がAIに奪われています。では、これからの若い人はどうやって技術を身につけるのか。人間の成長機会が大きく変わる時期といえます。会場で聞いてくださっている皆さんにも、リーダーの立場の方は多いと思います。AI時代にどのように若手を育てるべきか、私も目下悩み中ですから、ぜひ一緒に考えていただきたい。
小野:社長とは、「ベテランとAIの組み合わせが一番強い」と話しています。エンジニアは、AIに仕事を奪われる代表格のように言われ、米国でもコンピュータサイエンス専攻の就職率が3割を切ったと報じられました。しかし、若手はAIをネイティブに使えても、ハルシネーションのチェックや「設計思想的にこれはダメだ」というレビューができません。鍛えられた経験をもつ人と、AIのコンビネーションが最強なのです。だからこそ、レビューできる知見をもつ人の価値は、うなぎ登りに上がると思います。一方、AIに丸投げしてそのままアウトプットする人には価値がない。今年の新入社員にも、同じことを伝えました。
AIを使う訓練と、あえてAIを使わずにやってみる訓練をどのように使い分けていくか。そうした人材育成の設計は、経験を重ねた人にしかできません。これからは中長期の目線でレビューできる人材を育てることが、これまで以上に重要なものとなっていくでしょう。
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岡本 拓也(編集部)(オカモト タクヤ)
1993年福岡県生まれ。京都外国語大学イタリア語学科卒業。ニュースサイトの編集、システム開発、ライターなどを経験し、2020年株式会社翔泳社に入社。ITリーダー向け専門メディア『EnterpriseZine』の編集・企画・運営に携わる。2023年4月、EnterpriseZine編集長就任。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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