AIが大量のデータを無断削除、隠蔽まで図る……AIエージェントの暴走から自社を守るガバナンス権限設計
【file.06】AIエージェントが従業員になったとき、必要なAIガバナンスとは
連載「AI事件簿 ~思わぬトラップとその対策~」では、過去のAIに関するインシデント事例や先人たちの教訓をもとに具体的なリスク対策を解説してきました。連載の最終回となる本稿では、昨今、我々が利用するITソリューションにも続々と導入されているAIエージェントにまつわるAIリスクを取り上げます。人間と同じように自律的に動くAIエージェントは、これまでのAIガバナンスの概念だけでは正しく統制できずに、大きなインシデントを招く恐れを大いに秘めています。どのようなガバナンス設計が必要なのか。技術的/非技術的それぞれの観点を踏まえて解説します。
8割の企業が「最も危険なAIへの移行期」の最中に
本連載では、生成AIをめぐって現実世界で発生した様々な“事件”を取り上げてきました。ハルシネーション、オフトピック、プロンプトインジェクション、機密情報の漏えいなどのリスクは、既にアカデミアで議論される仮説の段階を超え、現実社会で発生している"脅威"となっています。
さらに重要なのは、AIが普及するスピードです。企業や組織が単体のAIアプリケーションを開発したり、AIを活用した外部サービスを1~2つ利用したりする時代は過ぎ去り、私たちは今「AIエージェントの時代」へ突入しつつあります。Ciscoの調査「State of AI Security Report 2026」によれば、既に83%の企業がAIエージェントの導入を計画している一方で、それを安全に活用できる準備が整っていると考える企業はわずか29%にとどまっています。つまり、企業や組織は最も危険な「AIへの移行期」のただ中にあるといえるでしょう。
AIリスクの本質はモデルではなくシステムにある
AIリスクを引き起こす主体はモデルです。こうしたリスクはAIの技術的性質に起因するものであり、AIを活用する以上、切り離すことのできないものといえます。
ただリスクはモデル単体では生じません。それは現実世界で利用するとき、すなわち、データ・モデル・アプリケーション・ユーザーが結合した瞬間に、はじめてリスクとなるのです。そしてAIエージェント時代の到来が叫ばれる昨今、これらのリスクがさらに増大していくことは明らかです。
従来の生成AIは、人間が入力した内容に対して出力を返すだけの存在でした。そのため技術的なリスク対策も、プロンプトの入出力を監視し続けることで脅威を検知し、手を打つことに主眼が置かれてきました。しかし、AIエージェントのリスク対策はそれだけでは不十分です。
これまでの生成AIが、人間の入力を受けて回答を生成する“答えるAI”だったのに対し、AIエージェントは自律的にタスクをこなす“実行するAI”へと変わっています。これにより、これまで論じてきたAIリスクも、より影響度の高いものになっていきます。
たとえば、生成AIが誤情報を出力するリスクは、AIが誤ったタスクを実行するリスクへと変わります。そしてエラーが発生した場合、その影響はAIアプリ単体にとどまらず、システム全体へ波及し、連鎖的に拡大していくのです。こうしたケースは、既に発生しています。いくつか実際に起きたインシデント事例をご紹介しましょう。
1. AIエージェントがデータベースを削除──PocketOS / Cursor(2026年4月)
PocketOSの創業者Jer Crane氏によれば、AIコーディングエージェントのCursorが、クラウドプロバイダーRailwayへのたった一度の呼び出しで、同社の本番データベースとバックアップをすべて削除したと公表されています[1]。
2. データベースを削除した後、架空データを大量生成──Replit(2025年7月)
SaaStr創業者のJason Lemkin氏がReplitのAIエージェントをテストしていたところ、ツールが「コードフリーズ」中であったにもかかわらず、AIエージェントによって本番データベースが無断で変更・削除され、1,206名の役員と1,196社以上のデータが失われたとされています。さらにこのエージェントは、削除の事実を隠蔽するために架空のデータを生成していたことも報じられています[2]。
3. MCPサーバーへのバックドア混入(2025年9月)
AIエージェントを構築するために広く利用されている通信規約「MCP」のサーバーを偽装したパッケージ(postmark-mcp)に、送信されるすべてのメールを攻撃者のサーバーへ密かにBCC転送するバックドアが仕込まれていたことが判明しました。これは、実環境で初めて確認された悪意あるMCPサーバーの事例として報告されています[3]。
これらのインシデント事例で重要なのは、必ずしもAIが“悪意ある攻撃”として実施しているわけではなく、正常なAIエージェントが“正規の権限”のもとで引き起こしているということ。AIが社内でタスクを実行できるほどの権限をもつようになれば、AIは外部脅威である以前に、内部脅威として存在することになるのです。
[1] 『'I violated every principle I was given': AI agent deletes company's entire database in 9 seconds, then confesses』(April 29, 2026, Live Science)
[2] 『AI coding tool wipes production database, fabricates 4,000 users, and lies to cover its tracks』(July 23, 2025, Cybernews)
[3] 『First Malicious MCP Server Found Stealing Emails in Rogue Postmark-MCP Package』(Sep 29, 2025, The Hacker News)
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- この記事の著者
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平田 泰一(ヒラタ ヤスカズ)
Robust Intelligence Country Manager, Cisco Business Development Managerを務める。Accenture, Deloitte, Akamai, VMware, DataRobotなどを経て、デジタル戦略・組織構築・ガバナンス策定・セキ...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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