「AIとの協働」を前提に人材戦略を再定義せよ──SOMPOホールディングス・日立製作所の施策から学ぶ
第3回:労基法改正が施行された先のIT人材戦略 労働時間以外の数値を測るIT基盤が必要に
日立製作所とSOMPOホールディングスは、AIとの協働をどう施策に落とし込んでいるのか
本連載では、労働基準法改正の様々な要素に対して、先行的に対応していると考えられる企業の事例を考察し、改正への対応を考察してきました。今回は、AI協働を前提に人材と働き方を自社で定義し、労基法改正で出てくる論点も踏まえて対応している企業事例を見ていきます。
なお、事例の企業は、労基法改正対応を行うという主題で人材戦略の構築や開示を行っているわけではありませんが、趣旨の部分が似ており、先行事例だと言えるものを筆者の判断で取り上げたものです。
日立製作所
日立製作所の「日立 統合報告書2025」では、人材戦略が6つの主要施策で構成され、それぞれに2027年度目標とKPIが置かれています。施策の中で「AIの専門性強化と実装推進」という項目があり、生成AIプロフェッショナル5万人育成という目標が掲げられています。AIの専門性をもつ人材の獲得と育成を進め、各事業部門での付加価値創出と生産性の向上を目指す、という位置づけです。
人材戦略が6つの主要施策と2027年度目標・KPIで構成され、施策4が「AIの専門性強化と実装推進」、その目標として生成AIプロフェッショナル5万人が掲げられている
出典:日立製作所「日立 統合報告書2025」P.32
注目したいのは、人材の定義の作り方です。同社が用いる「デジタル人材」は、デザインシンキング、データサイエンス、サイバーセキュリティなど12種類のケイパビリティのいずれかを有する人材として定義され、その人数はケイパビリティごとの人材数の合計として数えられています。2027年度の目標は10.7万人です。求める能力を分解して定義し、その定義に沿って数をもつ形が取られています。
デジタル人材が12種類のケイパビリティのいずれかを有する人材として定義され、その人数がケイパビリティごとの合計(延べ人数)として開示されている
出典:日立製作所「日立 統合報告書2025」P.45
能力を分解して定義し、その能力が発揮される状態を測る。この組み立てが根本にあることで、AI人材の育成計画が施策として動くものだと捉えられます。
この定義と測定は、従業員の働き方にも影響するでしょう。どの部署にどの能力がどれだけあるかが数で分かれば、AI協働の進み方が職場ごとに違っても、要員の配置を組みなおす材料になります。
また、裁量労働制のように対象となる業務や労働者を定めて適用する制度では、職務と能力がどう定義されているかが、その線引きの土台になります。改正によって柔軟化が進むほど、自社の中で誰にどの制度を適用するのかを説明する場面が増えるため、能力を分解して定義しておくことの意味は、育成の範囲を超えて広がっていくと考えられます。
SOMPOホールディングス
SOMPOホールディングスの「統合レポート2025」では、グループCHROが、グループ共通の求める人材像とプロフェッショナル像の明確化を進めていると述べています。社員に求めるスキルと専門性を二階建ての構造とし、全社員に共通で求められる一階部分と、それぞれの領域で求められる二階部分に分けて考える。そして一階部分は「現代の読み書きそろばん」として、英語とAIを軸に考えている、と説明されています。
社員に求めるスキルと専門性を二階建ての構造とし、全社員に共通で求められる部分について「英語」と「AI」を軸に考えると述べられている
出典:SOMPOホールディングス「統合レポート2025」P.30
働き方についても、2025年度に「SOMPOの働き方・働く場所の原則」と「SOMPOの働き方の指針」が新たに策定されています。目標は「組織の価値創造の最大化」と「社員の高いパフォーマンス・成長・働きがい」で、出社とリモートワークの利点を活用しながら両立を図るとされています。その実践の先例として、SOMPOホールディングスと損保ジャパンのコーポレート部門の一部をグループ本社とし、2027年2月に新オフィスへ移転する計画も示されています。
そして測定面では、2025年度に人材戦略の効果を測る新たな指標として、社員一人当たりの価値創造の大きさを示す「労働生産性」と、人的投資のリターンを示す「人的資本ROI」の2つが導入されています。これらは自然災害などによる収益の変動に左右されるため、単年度の増減ではなく中長期的な改善を企図する指標とする、という但し書きも添えられています。
2025年度に「SOMPOの働き方・働く場所の原則」を策定し、あわせて人材戦略の効果を測る指標として労働生産性と人的資本ROIを導入している
出典:SOMPOホールディングス「統合レポート2025」P.31
一階部分にAIを入れたうえで働き方の原則を定めるという順序は、AI協働を前提とした働き方の設計にあたります。そして労働生産性という指標は、働いた時間の長さではなく、社員一人あたりの価値創造の大きさを見るものです。時間と成果が対応しなくなっていく状況で、時間以外の指標をもつことになります。柔軟化側の制度を使うには、健康確保措置と、働いた時間以外の把握が前提になりますので、こうした原則と指標は、改正後の制度を自社で使うための土台としても機能すると考えられます。
求める能力を定義し、働き方の原則を定め、その効果を測る指標をもつ。この3つが揃うことで、人への投資がきちんと投資として議論できる形になっているのだと読めます。
なお、ここで述べている考え方は、筆者の想定によるものです。事例として挙げた企業は、公開されている開示情報のうち、その考え方に近い部分を具体として示したものであり、各社の労働基準法改正への対応そのものについて述べるものではありません。そのうえで、こうした考え方が必要になっていること自体は、開示を先行して進めている企業の記述に現れているといえます。
ここまでの内容を、投資の設計に落としこんでみましょう。いずれも、いま想定しておくべき事項です。
- 労働時間以外を把握できる状態:誰が何にどれだけ取り組み、どのような成果が出たのかを、労働時間の記録と突き合わせられる形にしておく
- 2つの時間を別の系統でもてる状態:賃金計算のための労働時間と、健康確保のために把握する時間が分けて扱われる方向にあることは、前述のとおり。打刻とログを別の目的の数字としてもてるかどうかは、システムとマスタ設計の問題になる
- 区分が増えることを前提にした設計:労働時間制度の区分、勤務地や勤務時間帯の区分、技能や職務の区分が、後から追加できる形で持てるかどうか。区分が固定的に作り込まれていると、制度を柔軟にするたびに改修が必要となる
- 決める単位が変わる可能性を織り込んだ組織マスタ:労働時間や労務制度の多様性が上がった時に対応できるもち方かどうかを、今のうちに想定しておく
これらは勤怠システムの機能設定の範囲を超えて、人事データの扱い方そのものに関わります。前回述べた予算の枠取りの中に、この観点を入れておくことをお勧めします。
私が全3回を通してお伝えしてきたのは、法令対応が目的ではなく、自社の働き方をより良くすることが目的であり、制度と法令はそのための道具である、という順序です。
労基法改正案の詳細は、まだ変わる可能性があります。それでも、AIとの協働が進むこと、働き方が自律的で多様になっていくこと、そしてそれを支える把握と合意の仕組みが必要になることは、制度の細部がどこに決まっても変わりません。2040年までの産業と働き方の姿は、すでに行政から示されています。社内で投資の議論を始めるための材料は、揃っているといえます。
今年度に検討し、投資の枠を取っておくこと。それが、2030年代に自社が選べる働き方の幅を決める部分です。
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- この記事の著者
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松井 勇策(マツイ ユウサク)
産学連携シンクタンク iU組織研究機構 代表理事・社労士。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(人的資本経営・雇用政策)。社労士・公認心理師・AIジェネラリスト。
時代に応じた先進的な雇用環境整備について、雇用関係の制度や実務知識、特に国内法や制度への知見を基本として、人的資本経営の推進・AIやICT関係の...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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