あなたを襲う月の病と12進法の不思議
それはさておき、どうしてこんなに五月病ばかりが有名になって
しまったのでしょうか?
(上の文の「それ」は、宇宙全体を指しています)
本当は、12の月すべてにその月の名前のついた病がありますし、
それをいうならそもそも、どの曜日にもその曜日に
固有の病があるのを、ご存じの方もいらっしゃると思います。
そのことをご存じの方は、なんとなく、
結婚記念日に金婚式や銀婚式だけでなく紙婚式や
チタン婚式などもあることを知っている確率が高いような気がします。
エスキモーが雪を表すのにつかう500の言葉も、すべて知っている
ような気がするのです。
(本稿の執筆にあたっては、フィーリングを重視しています)
実際には、五月に劣らず、そのほかの月の病もそれぞれに
個性的な症状を備えていますし、
組み合わせによっては致命的なものすらあります。
たとえば、11月の土曜の病は、まったくの偶然としか
思えない突然の事故死をきわめて小さな確率でもたらす
複合疾患として、医療関係者の一部から恐れられています。
また、生命の危険はなくとも、死にたくなるくらい滑稽な
症状の現れる病が多いため、WHOも注意を呼びかけようと
ためらいがちに手を挙げ、逡巡のすえまたそっと下ろしたという
経緯が伝えられるほどです。
ただ、いずれの月の病も、感染率が五月病ほど高くないのが
世間にその存在が浸透しない大きな理由のひとつでは
あるのでしょう。
こういった話題を専門的に扱っている国内唯一の雑誌が
「季刊・月の病」です。
(*編集長によれば「まずは隔月刊化を目指しています」とのこと)
その編集長自身は、10月病をながく煩っているのだと
インタビュアーに語ってくれました。
「10月病にかかると、服のしわが人の顔に見えるようになります。
そして人の顔は、逆に服のしわに見えてしょうがないのです。
人の顔にみえる服のしわはどれもとても悲痛な表情を
浮かべているので、街中でもらい泣きしてしまったりします。
また、服のしわに見える人の顔のほうはもう本当に
しわくちゃなので、アイロンできれいに伸ばしてあげたいと
いう衝動を抑えるのにとても苦労します。
アイロンは旅行用の小さいものをいつも携帯しています」
「でも本当に困るのは」と編集長は声をひそめ、
「私自身がまたべつの病、主観的な10月から逃れられないという病に
かかっていることなのです。私は、永遠の10月を生き続けているのです」
そう言われてみれば、初夏の日差しが照りつける
オープンカフェのテーブルで、編集長はコートを着込み
暑そうなそぶりをまるで見せていないのです。
最後に「これから山に栗拾いにゆきます」と語って
人ごみの中に消えてゆく編集長を見送りながら、
いつか月刊誌になったとしたら、かの雑誌は毎月10月号として
出版されることになるのだろうかと、ぼんやり考えたのでした。
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倉田 タカシ(クラタ タカシ)
「ネタもコードも書く絵描き」として、イラストレーション、マンガ、文筆業、ウェブ制作、Adobe Illustratorの自動処理スクリプト作成など、多方面で活動。
イラストの他に読み札も手がけた「セキュリティいろはかるた」はSEショップより発売中。
河出文庫「NOVA2-書き下ろし日本SFコレクション」...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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