インターネットで株と内臓を公開しよう!(2010年版)
ひと昔前は、オフィスに置かれたコーヒーメーカーを
ウェブカメラで常時インターネットに公開している
会社が話題になったりしたものですが、
いまや、ウェブ胃カメラで経営者の胃の中が常時インターネットに
公開される時代になりました。
社長の胃の内壁には、襞の形が人の顔のように見える一角があり、
一説にはこれが社長の母上(健在)の顔にそっくりだとも
言われるのですが、この顔の表情によって、ブログには書ききれない
言外のニュアンスを、わかる人だけに伝えることができる、というのが
その狙いなのでした。
リアルタイムで見る胃の内部は驚くほど表情に富んでいて、
そこに社長の日々の喜怒哀楽があざやかに表れるのです。
しかし難しいもので、物見高いインターネットの人々がしだいに
この社長の胃の顔に注目するようになると、
いろいろといたずらを思いつく人物も出てくるようになりました。
ある匿名の人物が、中継される胃の内壁の映像に
独自開発の顔面認識ソフトを適用することを考えつきます。
驚くべきことに、あるいは予想どおりに、本来の「顔」とは
まったく別の場所の襞を、ソフトは顔と認識します。
しかも、それが浮かべているのはまったく正反対の表情でした。
この新しい顔を、社長の内面の葛藤、もしくは分裂の
反映であると主張する人々が現れ、それを面白がった
ネットの数寄者たちは、競いあって次々と新しい顔を発見。
たちまち、まるで星座のように社長の胃の内側を
新しい顔が埋め尽くし、それぞれに名前すらつくようになり、
ひとつひとつが裏切り者としてのキャラクターを与えられて、
ネットのあちこちで生き生きと活動を始めます。
顔のない人々がでっち上げた沢山の顔たちの表情は、
社長への叛心を抱えた社員たちの嘲笑のように思えるのでした。
そこで社長は胃を切除します。
正確には、短刀を自分の腹に突き立て、
ぴょこぴょこ動きながらゲラゲラ笑う胃袋を
自分の手でつかみだし、社屋の窓から放り捨てたのです。
もちろんすべてはフェイクですが、
こうして、象徴的に裏切り者を始末した社長は
ますます直進的で徐行なしの経営へ向かうことになったのでした。
その後は、ニュースの伝える通りです。
月の裏側に社屋を移してからは、ときおり打ち上げられる
観測衛星が破壊される直前に送ってくる映像によって
かろうじて伺えるのみになりました。
どうやら、現在の社屋は大きな顔の形をしているようです。
いつまでも消えない噂があり、それによれば、
インターネットのどこかで、いまも社長の胃の中は
公開されつづけているのだそうです。
しかし、そのURLを見つけ出せた者はまだいないようです。
社の株は、今も良銘柄として取引されています。
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倉田 タカシ(クラタ タカシ)
「ネタもコードも書く絵描き」として、イラストレーション、マンガ、文筆業、ウェブ制作、Adobe Illustratorの自動処理スクリプト作成など、多方面で活動。
イラストの他に読み札も手がけた「セキュリティいろはかるた」はSEショップより発売中。
河出文庫「NOVA2-書き下ろし日本SFコレクション」...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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