競争優位を実現するITライフサイクルとは
野村総合研究所(NRI)の上野哲志氏は、セッションの冒頭、東日本大震災発生後に作成されたサイト「Sinsai.Info」を紹介した。震災時の位置情報とツイッターのつぶやきなどをセットにしたもので、「この病院では今、こういうことに困っている」などの情報を共有できる。これはボランティアが、ニュージーランド地震の際にも多方面より活用されたクラウドソーシングツールUshahidiで構築したもので、上野氏が注目したのは、サイトが震災発生日の19時には立ち上がっていたという事実だ。上野氏は「これこそビジネスが求めている要件、スピード感ではないか」と指摘する。
一方、実際のビジネスでは、せっかく良いアイデアがあるのに、提供システムの開発に手間取った結果、ライバル企業に出し抜かれてしまう、というような事例も見ることができる。これは、従来の開発手法が、時代が求めるスピードを実現できていないことを意味している。
では、スピードが速く、競争優位性を実現するITライフサイクルとはどういうものか。それをNRIではQuickWinと呼んでいるのだが、大きく3つのスピード化のポイントがある。まず導入をスピーディに行う。維持局面では、変化への対応を柔軟に行う。導入したものを陳腐化させずに、価値を保ち、向上させながら使い続けていく。そして、コモディティ化や不要になった際には、迅速に捨てる。
アジャイル開発とSOAで競争力領域のシステムを再構築
ここで上野氏はスピードを手に入れるため、システムの再構築に取り組んだ企業の事例を紹介した。製品開発から販売まで行っている小売業のA社は、要件定義の部分はIT部門で行い、開発は4社のベンダーに分担を分けてアウトソースしていた。それぞれに業務ノウハウも蓄積され、非常に安定したパフォーマンスを出していたのだが、ビジネス環境の変化で、従来の領域を越えた連携が求められるようになってきた。そうなるとベンダー縦割りのアウトソースでは、クロスした施策を打ち出すのに時間がかかる。
そこで、企画・開発・生産・供給・期中コントロールといったマーチャンダイジングの柔軟な運営こそが競争力の源泉と見極めたA社では、事業領域を横断するマーチャンダイジングシステムを内製することを決断した。IT部門がビジネス部門と密着してWebベースのシステムを開発し、7割の出来で現場に投入。1~2週間試行して、その結果を戻す。まさにアジャイル開発を導入していった。結果として改善のサイクルが、月単位で行われていたものが、週単位の回転に変わった。付随してシステム規模が、20分の1以下になり、ITコストが売上高比約2%だったものが1%以下と50%削減できた。
続いて紹介されたのは製造業の事例で、30年間の事業拡大・業務変革の対応が、システムのメンテナビリティの低下、高コスト構造を生んでいた。その状況を打開するためにまず、業務プロセスを非競争力領域と、競争力領域に仕分けした。その結果、70%を占めていた非競争力領域にはパッケージを適用して業務をシンプル化した。一方、競争力領域はスクラッチで開発。すべてのシステムを再構築するのが理想論だが、そこまでのパワーと時間はかけられない。そこでSOAを使ったシステム構造を指向した。インタフェースをある程度標準化し、既存システムを疎結合する。同時にマスタデータの再設計も行っている。ここでポイントになったのは、関係する各部門からディテールが分かり、意思決定もできる人を集めてコアチームを作り、さながら「7人の侍」のごとく躍動的に推進していったことだ。その結果、システムの整合性と検討スピードを手の内にすることができた。