巨大な成長市場、しかし参入の道は険しい
前回紹介したように、いま中国のネットメディア業界は活況の渦の中にある。日本国内において、ネットメディア業界は依然成長を続けているものの、人口減少等の要因により、今後市場の伸びは鈍化・飽和に向かうことが予想される。そうした状況の中、持続的成長を目指す日本企業にとって、隣国の巨大成長市場は無視できない存在であり、参入に踏み切る、あるいは参入を検討する企業も増えてきた。
しかし、他の産業と同様、ネットサービス業界においても、中国市場でのビジネスには固有の難しさが存在し、「参入したくても参入できない」、「参入したものの、全く儲からない」など、苦労を強いられている企業が多いのが実態である。
中国市場参入を図る日本企業の前には3つの壁(政府規制、未成熟なビジネスインフラ、マネタイズの難しさ)が立ちはだかる。以下、1つずつ見ていこう。
政府規制
なんといっても、中国市場への参入を図る日本企業にとっての最大の障壁は政府規制だろう。これは日本企業に限らず、全ての外資企業が頭を悩ませている問題である。
中国でECやコンテンツ配信などのインターネット上のサービスの展開を図る場合、企業は(1)表現規制、(2)外資参入規制の2つの規制の制約を受けることになる。なお、表現規制は外資企業にかかわらず、すべての企業や個人が対象となる。
(1)表現規制
中国では政治、民族、宗教等に関わる表現は規制され、政府機関の検閲を受ける。特に、ネット上での政府当局・共産党への批判コンテンツなどには厳しい目が向けられており、そうした情報を掲載したサイトは閉鎖されてしまう。また、近年インターネット上ではブログ、SNSなどのソーシャルメディアを通じて個人がさまざまな情報を発信・共有することが一般化しているが、中国ではこうした個人の情報発信・共有も規制を受ける。
前回でも少し紹介したが、世界中に膨大なユーザーを抱えるTwitterやFacebookなどは中国国内からは閲覧ができなくなっている(禁じられていてもVPN接続などを駆使して利用しているユーザーもおり、中国のFacebook人口は50万~70万人との統計もある)。
こうしたインターネット上の規制は「金盾(きんじゅん)」と呼ばれる、中国政府が進める金字工程(中国政府情報化)プロジェクトの一つであり、有害サイトのブロックを名目に行われている。特に、インターネットコンテンツのフィルタリングによるファイヤーウォール機能は、万里の長城(Great Wall)になぞらえて「Great Firewall」と呼ばれている。
さらに、青少年保護等の観点から、暴力、性表現、ギャンブルなどについても厳しい規制が敷かれている。映画、ドラマ、コミック等において、ポルノや暴力シーンは当然のこととして、水着や肌の露出の多いコンテンツなどがNGとなることも多く、例えば日本で人気のあるコミックを電子書籍化して中国で配信しようとしても、結構なカスタマイズが必要となるケースが多いと聞く。 こうした厳しい表現規制が存在する中国において、ネットサービスを提供するうえでは、その中身に関する政府機関の審査を受け、承認を得ることが必要となる。現地の中国企業などと話をしていると、TV放送、映画、出版などのメディアに比べれば、「ネットメディアの表現規制は緩い」といった声も聞かれるが、相当厳しい規制が敷かれていると考えておいた方が無難であろう。
例えば、電子書籍を配信しようとして、コンテンツの中にほんの1シーンだけ規制にひっかかるような表現が入っていたとしよう。仮に、それが黙って強行に配信してしまうような悪質なものでなく、単にチェックに十分な時間がかけられず、うっかり配信してしまった場合でも、もし当局に見つかってしまえば、サイトへのアクセス遮断、さらにはライセンス取り消し等に発展する可能性もあり、「その代償は大きすぎた」などということにもなりかねない。日本人の感覚だけで「これは大丈夫だろう」と安易に判断することは禁物だ。
(2)外資参入規制
日本でも金融、放送、通信、航空などの分野で外資参入規制が存在するが、中国ではより多くの産業において外資参入規制が存在している。ECやコンテンツ配信などのネットサービスでもその例外ではなく、外資企業の参入が規制されている。
中国でネットサービスを行うためには政府機関による許認可を得て、各種ライセンスを取得しなければ事業を展開できないが、多くの場合、外資企業単独(独資)での参入は極めて難しいと考えたほうがいい。 さらに、中国における外資企業にとって悩ましいのは、法令の修正が頻繁に行われること、一つのビジネスを展開するために複数機関による許認可(ライセンス取得)が必要であること等により、規制を理解すること自体が大きなハードルとなり、中国市場への参入を躊躇させる大きな要因となっている。次に、携帯電話向けにゲーム、コミック等のコンテンツを配信する場合を例に具体的な外資参入規制を見てみよう。
携帯電話向けコンテンツ配信に限らず、中国国内において、インターネット上で「営利目的」(「経営性」と呼ばれる)のサービスを提供する企業は、中華人民共和国工業情報化部(工业和信息化部)から「付加価値電信業務経営許可証(通称「ICPライセンス」)」を取得する必要がある。「営利目的」というのは、例えばサイト上で商品やコンテンツを販売すること、サイトに情報を掲載して広告収入を得ることなどを指している。なお企業が自社のサイトで企業情報などを掲載する場合は、「非営利目的」(「非経営性」と呼ばれる)とされ、所定手続きの下、「Internet Content Provider(ICP)登録」さえすればよい。
外資企業のICPライセンス取得条件は非常に厳しい。まず、自社単独(独資)でのライセンス取得は不可能である。そこで現地企業との合弁会社の形態を採って、ライセンスの取得を目指すことになるが、外資企業の出資比率が50%を超えることは許されず、さらに、投資先への出資額が最低でも100万元(約1億3,000万円)必要となる。仮に現地企業との合弁会社の形態を採ったとしても、日系企業のICP取得は難しいのが実態である。数多くの内資企業がICPライセンスを取得している一方、(少なくとも今までは)日系企業がICPライセンスを取得できるケースは非常に少ない。
インターネット文化経営許可証
上記のようにICPライセンスの取得条件は非常に難しい。しかし、外資比率を50%未満にするなどの条件を満たせば、「理論的には」取得可能である。ところが、例えば携帯電話でゲームやコミック等のコンテンツをインターネット配信する場合、もう一つのより厳しい外資参入規制を受けることになる。
先述のとおり、中国では映画、アニメ、漫画、ゲーム等のコンテンツ産業(文化産業)に対して厳しい管理を行っており、その一環として、これらコンテンツをインターネット上で配信するためには、文化部から「インターネット文化経営許可証」と呼ばれるライセンスを取得する必要がある。映像コンテンツや出版コンテンツなど、扱うコンテンツの種類によっては、インターネット文化経営許可証に加え、国家広電総局や新聞出版総署など他の機関から別途ライセンスを取得することも必要となる。
ところが、インターネットを通じてコンテンツを配信することは、外資企業(出資比率によらず)には認められておらず、原則として外資企業はこれらのライセンスを取得することができない。つまり、仮に運よくICPライセンスを取得できたとしても、アニメ、ゲーム等のコンテンツを配信すること自体が禁止されているため、原則として、日本企業が携帯電話向けにゲーム、コミック等のコンテンツ配信することはできないのである。
このように厳しい規制が二重三重に敷かれている中で、日本企業が中国市場への参入を図る方法として最も多いのが、各種ライセンスをすでに取得している現地企業と提携し、サービス運営は現地企業に任せ、その企業にコンテンツや商品を供給することで収益を得る方法である。
これは比較的リスクも少なく、中国市場への参入の第一歩としては現実的な方法といえるかもしれない。しかし、現地の有力企業などと提携した場合、不利な取引条件を要求されるなどして、実入りが非常に小さくなるケースが少なくない。さらに、自らサーバーを運営しサービスを運営できないため、ネットサービスの生命線ともいえる、顧客データ等のマーケティングデータを取得・活用できないという大きなデメリットを抱える。
一方、例えば中国人経営者のペーパーカンパニーを設立し、その企業との間で自社が実質的に経営をコントロールできるような契約を結ぶなど、テクニックを駆使して参入を図るケースもあるようだ。ネットサービスに限らず、中国市場は正攻法だけでは前に進まない面も多く、こうした「力業」が必要との指摘も多い。
一方で、こうした行為が法令的に問題ないかどうかは、グレーな面もあり、当局に発見された場合、サーバーの没収やサイト遮断などの制裁を受けるリスクを孕んでいることは認識しておくことが必要だ。 「力業を駆使しなければ突破できないが、一方で企業コンプライアンスの問題もある」。中国市場の規制の壁を前に、参入を真剣に考えれば考えるほど、企業はこうしたジレンマを抱えることになる。