成功を繰り返してきた企業が規模を拡大して安定期に入ると急速に競争力を失うことがある。残念なことではあるが現在の日本のIT業界や家電業界でもこのような例が見られる。その大きな理由は「過去のしがらみ」にとらわれて思い切ったイノベーションができなくなることだ。この状況を避け、イノベーションの火を絶やさないためにはどうすればよいのだろうか。ジェフリー・ムーアの最新作『エスケープ・ベロシティ』からそのヒントを探っていこう。
「エスケープ・ベロシティ」が意味するもの
ある意味、スタートアップ企業にとってイノベーションは容易だ。「失うものがない」からだ。これに対して、長期にわたり地位を確立してきた企業が真の差別化に結びつく思い切ったイノベーションを行なうことは困難である。「過去のしがらみ」が長期的に積み重なり、現状の変化を妨げる重力となるからだ。

地位を確立した企業がこの重力に打ち勝ってイノベーションを継続していくにはどうすべきか?このテーマに長年取り組んできた人物が、「キャズム」の概念を提唱したことで知られる米国のコンサルタント、ジェフリー・ムーアである。本稿では、同氏の最新作である『エスケープ・ベロシティ』をベースに企業の継続的イノベーション実行戦略について考えていこう。ここで、「エスケープ・ベロシティ」とはロケットが地球の重力圏を脱出して宇宙に飛び出すために必要な速度のことを意味する。これを、企業が「過去のしがらみ」という重力から脱出して真のイノベーションを実現するための戦略に例えたのだ。
脱出速度を達成するための基本的フレームワークが「力の階層」だ。図1に示したレイヤーごとに脱出速度達成の戦略を検討し、各階層がシナジーを生むような全体的戦略立案を行なうべきということだ。以降では階層ごとに解説を加えていこう。
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栗原 潔(クリハラ キヨシ)
株式会社テックバイザージェイピー 代表、金沢工業大学虎ノ門大学院客員教授日本アイ・ビー・エム、ガートナージャパンを経て2005年6月より独立。東京大学工学部卒業、米MIT計算機科学科修士課程修了。弁理士、技術士(情報工学)。主な訳書にヘンリー・チェスブロウ『オープンビジネスモデル』、ドン・タプスコッ...
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