それでも、予算を追加したり、納期や機能を調整したりしながら、システムができあがればよいのですが、中には、ユーザーとベンダーの話し合いがつかずプロジェクト自体が中止されてしまうこともあります。大量のお金と労力と時間を費やして、双方なにも得られず、最終的には経営にまで影響が出てしまうこともあります。今回はそんな判例をご紹介しつつ、このようなことにならないために、どんなことをしておいたらよいかについて考えてみたいと思います。
プロジェクトの中断により発生した損害について争われた事例
まずは、以下の判例から、ご覧ください。この例は、ある開発を受託した元請と下請の間の争いですが、考え方自体は、ユーザーとベンダーの間の紛争も同じかと思います。
【東京地方裁判所 平成23年4月27日 判決より抜粋して要約】
あるソフトウェア開発業者 (以下 元請業者) が,ユーザーから医療材料の物品管理システムの再開発を受託した。元請け業者はこのプロジェクトにおいて、自らが要件定義を担当し、設計意向の作業は下請 (以下 下請業者) に委託した。契約金額は約3,300万円だったが、契約書には機能追加に関する増額についての記述はなかった。
開発は元請業者の作成した要件に従って行なわれたが、下請業者が開発を始めてから機能数が大幅に増え、下請の見積時に想定していた46から296にまで増加した。(これに合わせて、作業工数も43.5人月から238.7人月に増えた。) 下請業者は追加された作業についても実施しながら、これについての追加見積もりを元請業者に提出し協議を行ったが、両者は合意には至らず、結局、下請業者は作業を中止した。
元請業者は下請業者に債務不履行による契約解除を通知し損害賠償を請求したが、下請業者は逆にそこまでの作業の出来高払いを元請業者に請求し、裁判となった。
念のため注釈を入れると、一般に、ユーザーが機能を追加して工数がふくらむような場合、ベンダーには、機能追加による影響 (コストの増加や納期の遅延) を説明した上で、再見積もりを行なうと同時に、代替案も提示する義務 (専門家のプロジェクト管理義務) があるとされますが、この案件の場合は、双方がITの専門家であり、しかも下請業者からは、機能追加に関する見積もりが提示されていますので、プロジェクト管理義務違反にはあたらないと考えられます。
機能追加についての裁判所の判断
さて、このケースについて、読者の皆様は、どのようにお考えでしょうか。裁判所の判断は、それほど意外なものでは、ありませんでした。以下をご覧ください。
【東京地方裁判所 平成23年4月27日 判決より抜粋して要約(つづき)】
本件下請契約に基づく(中略)開発作業が進むにつれて,機能数が増加するなど開発内容が変動し,これにより開発に要する作業量が著しく増大したことによって,(中略) 開発作業は,本件下請契約が締結された時点で原告と被告が前提としていた開発作業とは,その内容において著しく異なることとなり,これに伴って,必要作業量も著しく増大したものであって,本件下請契約は,(中略) その前提が契約締結当初とは根本的に異なるものとなってしまったということができる。
(中略)
下請業者が,本件下請契約に基づき,本件下請契約に定められた代金額のみの支払を受けることを前提として,(中略) 開発作業を継続し,完成する義務を負っていたと解することはできない。
裁判所は、契約後に増えた機能について、下請業者が完成させる義務はないと判断し、元請業者に対して、下請業者がこれまでに費やした作業工数と孫請けに対して支払った金額である約1億8千万円の支払いを命じました。作業工数が43.5人月から238.7人月にまで増えたわけですから、特にベンダーの立場から見れば、当然の判断と言えるかもしれません。