
本連載では、ITプロジェクトにおける様々な勘所を、実際の判例を題材として解説しています。今回取り上げるテーマは、「『引き継ぎ指示のないデータ』を退職時に削除するのはOK? ある判決から考える“データ削除の境界線”」です。会社を退職する際、引き継ぐ必要のあるデータをすべて相手に渡したら、不要なデータはすべて削除してパソコンやサーバーの中をきれいにしたくなる方は少なくないでしょう。しかし、実はよく注意しなければ“不法行為”として訴えられることがあるようです。実際の判決を見ながら、注意すべきポイントを考えましょう。
技術データを削除して退職した社員が訴えられた
IT業界というのは、もともと中途の退職や転職の多い世界で、かく申す私自身、もう自分で数えるのが面倒なくらいにたくさんの会社を渡り歩いてきました。皆さんはどうかわかりませんが、退職する時、必要なファイルは引き継ぎ相手に渡し、自分のパソコンやサーバーの中の一切をきれいに削除する行為は、なんだか爽やかな気分になり、次の職場への期待や退職金をイメージしてちょっといい気分になるのが常です。
しかし、この「ファイルを削除する」という行為は、よく注意しなければ不法行為として訴えられることがあるようです。退職にともない、様々な技術データやソフトウェアを削除するという行為が、会社に損害を与えるというのです。
今回は、そんな退職者が会社に訴えられた裁判の例を紹介します。ファイルを削除するという行為が問題になってしまうのはなぜか。そして裁判所はこれについて、どのような判断を下したのでしょうか。事件の概要は次のとおりです。
徳島地方裁判所 令和7年1月16日判決
被告は、レーザー関連の開発業務に従事していた社員であったが、転職を理由に退職することになった。その際、被告は退職日に自動的に起動するプログラムを作成し、自身が関わっていた業務に関連する232のフォルダ内のファイルをすべて削除するよう仕組んだ。
削除されたのは、加工実験装置の操作手順書、装置稼働用ソフトウェアの関連資料、実験データ、測定器の操作手順書など、原告企業の事業運営に必要な多数のファイルであった。
このファイル削除によって事業運営に支障をきたした原告企業は、被告に対して不法行為に基づく損害賠償または債務不履行に基づく損害賠償として約2581万円の支払いを求める訴訟を提起した。
事件番号令和5年(ワ)第38号(出典:裁判所ウェブ)
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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