半導体大手から続々と発表される、フィジカルAI向けのチップやモジュール、開発キット……。AMDもまた、2026年7月の「Advancing AI 2026」(米サンフランシスコ開催)にて、新たなSoC(System on a Chip)として「Ryzen AI Embedded X100」シリーズのほか、そのX100を搭載してエッジ開発向けにモジュール化した「AMD Kria AI System on Module」、さらにそれを搭載したハードウェア型開発キット「AMD Kria AI Robotics Developer Platform」など、複数の発表を行った。
「フィジカルAIは、物理環境を理解してリアルタイムで状況を判断し、人の手を借りずに正確に動作する必要がある、ミスの許されない世界だ」と、AMD日本法人の新代表に就任した杉山功氏は語る。センサーで環境を認識し、判断し、物理システムをリアルタイム制御──これを自動運転や精密機器の組み立て、医療現場での手術ロボットなどで実行するとなれば、極めて厳しいレイテンシ(遅延)制限が求められる。また、消費電力も有限だ。こうした様々な勝手が、デジタルAIとは大きく異なってくる。
加えて、フィジカルAIの世界では、AIはシステム全体のほんの一部に過ぎず、動作計画、モーションの協調制御、安全監視、さらには何百ものソフトウェアプロセスを、予測可能な形かつ同時並行で走らせなければならない。天候や周囲の人間の動き、ロケーションなどが突如変化しても、すべてのワークロードを動かしながら即座に対応できなければならない。
こうした厳しい要件を満たすためには、CPUやGPU、NPUをはじめ、複数のコンピューティングエンジンがシームレスに連携する必要がある。しかし、従来のテクノロジーでは、CPUとAIアクセラレータの間で発生するデータ転送サイクルがボトルネックとなり、長い遅延が発生してしまう問題があったという。
これに対し、AMDは異なるコンピューティングエンジンをワンチップに統合し、中央のユニファイドメモリを介してデータを管理するアプローチで回答した。これによりデータコピーが削減され、レイテンシが劇的に低減される。

それを体現するのが、Ryzen AI Embedded X100シリーズだ。X100シリーズは、同社が2026年3月に発表した「Ryzen AI Embedded P100」シリーズの上位版で、大規模・高度なフィジカルAIの展開を想定した産業向けのチップである。4nmプロセスで製造され、CPU、GPU、NPUを1つのプロセッサに統合。まさに、フィジカルAIの“脳”を司るチップだ。寿命や環境耐性においても、10年以上の長期使用を前提とした設計となっている。


- CPU:16コア/32スレッド(Zen 5アーキテクチャ、周波数5.1GHz以上)を搭載。ロボット制御やミドルウェアの並行処理を行う
- GPU:40CUsを内蔵。これまでは外付けGPUアクセラレータカードが必要だった重いAIタスクを、ワンチップで処理可能。ビジョン認識や推論を加速
- NPU:単体で50 TOPS(秒間約50兆回)の処理能力。物体追跡や環境認識など、常時稼働する推論タスクを、CPUやGPUをフル稼働させず低消費電力で実行
- ユニファイドメモリ:最大128GBの共有メモリを搭載。メモリ帯域は230GB/s。3つのエンジンが同一メモリプールを共有するため、データコピーが不要で遅延が低減される。
- 消費電力:45W~120W
- 環境耐性:-40℃~105℃に対応。製品の供給ライフサイクルは10年を想定。24時間365日の連続稼働を前提とした頑丈性
- ソフトウェア制御:リアルタイムLinuxなどにおいて、QoS(Quality of Service)、キャッシュ、メモリアクセスの設定が行え、ソフトウェアのスループット最適化やリソース衝突のマネージングが可能

NVIDIAやIntelの競合製品とのパフォーマンス比較では、いずれもその優位性が示されたとのことだ(次図)。

P100はすでに展開中だが、X100の量産・出荷は2026年度第4四半期に予定されている。また、AMDが昔から重んじる徹底したオープン戦略も拡大を続け、ハードウェア、ソフトウェア、エコシステム全体をオープン環境で提供していくという。
技術本部の部長を務める古屋憲吾氏は、AMDが150社を超える世界中の顧客(エンジニア)からヒアリングを行った調査結果を共有した。それによれば、ロボティクス業界において最も優先度が高いとされているのは、以下3項目だ。
- ディターミニズム(時間確実性):応答時間の確実性。決められた時間内にどれだえの処理を確実に完了できるか
- オープンアーキテクチャ:特定の半導体メーカーやソフトウェアにロックインされず、柔軟に開発を行えるか
- ワンプラットフォーム:スペース、熱、消費電力に制限がある組み込み環境において、構築した1つのプラットフォームを自社のすべてのロボットへ展開し、開発・量産効率を上げたい
AMDのロボティクス戦略は、こうした顧客の声をもとに立案・遂行されているとのことだ。
続いて、AMD Kria AI System on Module(Kria AI SoM)について。これは、前述のX100を中核に、周辺に必要なメモリ、電源、パッシブコンポーネントを統合し、クレジットカードサイズの単一基板上にすべて実装して提供するモジュールである。顧客側はチップから基板を自前で構築する必要がないため、開発スタートを大幅に加速できるというものだ。

そして、AMD Kria AI Robotics Developer Platformだが、これはKria AI SoMを中心に、周辺の拡張I/O基板(入出力基板)、筐体、ソフトウェア一式をパッケージ化した開発プラットフォームである。一部顧客への早期アクセスはすでに始まっており、2026年度第4四半期に量産開始予定だ。

構造としては、Kria AI SoMの下部にロボティクスに必要なインターフェースをドッキング可能で、AMDのSpartan FPGAを搭載している。これにより、I/Oコネクティビティを柔軟に拡張でき、追加された複数センサーの処理をハードウェアで並列処理できるという。
Kria AI SoMの競合製品としては、NVIDIAのThor T5000が該当する。古屋氏は、両製品のパフォーマンス比較を提示した(次図)。
【左】リアルタイム信頼性(Open Navigation社の自律フォークリフト実行アプリ)
【中央】CPUの空きリソース(Open Navigation社)
【右】マルチAIエージェント同時実行(mimik Technology社)
もちろん、同社のオープンソースソフトウェアスタックであるROCmも、組み込みロボティクスの世界に適用していくとのこと。PyTorch、TensorFlow、ONNXなどの標準的なAIフレームワークをそのままサポートし、ROCm経由でAMD GPUに最適化できる。C言語ベースやカーネルベースでのチューニングも可能だ。

また、ROS(Robot Operating System)プラットフォームをパッケージ化したロボティクスSDKと、産業・ロボット・医療向けのAIモデルを統合したフィジカルAI SDKをすでにリリースしており、オープンソースで公開している。顧客は、ソースコードの確認・改造・自社メンテナンスを自由に行える。
さらに、NVIDIA CUDA環境からの移行を容易にするため、CUDAコードを読み込んでAMD HIPカーネルへ自動変換するツール「HIPIFY」も提供している。Tritonカーネルもそのまま利用可能とのこと。NVIDIA固有のライブラリやカーネルと1対1で対応するライブラリをAMDが用意しているため、「移行の作業工数を70~80%削減できる見通しだ」と古屋氏は説明した。

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名須川 楓太(編集部)(ナスカワ フウタ)
サイバーセキュリティとAI(人工知能)関連を中心に、ソフトウェア/ハードウェアを問わず国内・海外の最新技術やルールメイキング動向を取材。そのほか、DX推進、企業財務・IRなどのコーポレート領域でも情報を発信。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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