日本のAI・IoTの普及を阻む3つの課題意識とは
“AI”という言葉は広く知られるようになっているが、実際にどこに活用すれば私たちの生活や仕事を変えられるのか、という具体的なところまで、ちゃんと理解できていると胸を張れる人は、まだ少ないのではないだろうか。
エンタープライズの顧客に対し、マーケティング・人材管理・コールセンター・財務会計・IT運用管理といった領域で、AI活用を支援している日本オラクル クラウドプラットフォーム戦略統括 七尾健太郎氏は、情報通信白書平成30年版「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査結果」(総務省)を引用し、AI・IoTに対する課題意識について世界各国と比べたときに、日本が突出している項目が3つあると説く。
1つ目は「データ収集・整理が不十分」。AIを導入しようとしても、そもそもAIに入れるデータがなかったり、データが各組織に点在していて集めるのが大変だったり、と懸念している。
2つ目は「AI・IoTの導入を先導する組織・人材の不足」。ここでいう人材とはシステムエンジニアというよりも、業務部門でAIを使いこなしてデータ分析ができるデータサイエンティストを指す。
3つ目は「ネットワークに接続されたモノが第三者に乗っ取られるリスク」。個人情報や社外秘のデータがAIに蓄積されたときに、どうやって守ればいいのかわからないというセキュリティに対する不安感が見られる。
しかし、こうした課題は、本当に乗り越えられないほど高い壁なのか。課題があるからといって、すぐにあきらめていいほどに、AIがもたらす価値は小さなものなのか――決して、そうではないはずだ。こうした壁を乗り越え、自治体が有益なサービスを提供しているのが、東京・港区役所の事例。地方の水産業者が生き残りを賭けて取り組んでいるのが、カタクラフーズの事例である。
東京・港区役所における外国人向けAIチャットボット
約25万人(平成30年1月1日現在)の人口のうち、約2万人を外国人住民が占める東京都港区。駐日大使館の約半分が港区に所在し、多くの外資系企業も港区に本社を構えていることが、大きな要因となっている。
そのため港区では、外国人住民に向けた情報発信に、非常に力を入れているようだ。8月初旬の猛暑日に港区役所のホームページを訪れると、日本語・英語・中国語・韓国語の4か国で書かれた熱中症の注意を呼びかける緊急情報が、まず目に飛び込んできた。スクロールしながら右に並ぶ広報・報道欄を見てみると、「多言語によるFM放送」というリンクが見つかる。リンク先は、FMラジオの広報番組「MINATO VOICE(ミナトヴォイス)」の案内で、曜日によって異なる言語で放送中とある。また、在住外国人向けのFacebookページ「Minato Information Board」では英語とともに、外国人にもわかりやすい“やさしい日本語”で記事が投稿されている。
こうした努力の結果、3年に1度行っているアンケートでは、80%の在住外国人が「港区からの情報提供に満足している」と答えた。しかし、それでも区の職員は「なお不十分だ」と感じていたという。
行政機関である区役所の窓口は、開庁時間が基本的に平日の日中に限られている。窓口に来られない場合、区からの情報提供はホームページに頼ることになるが、そのコミュニケーションは一方通行だ。たとえ情報を豊富に用意していたとしても、欲しい情報にたどり着けていない懸念もあった。
そこで港区役所ではAIチャットボットに着目。在住外国人のスマートフォンでよく使われているFacebookメッセンジャーのアプリを活用して、時間を気にせず気軽に質疑応答が行える方法を探ることにした[1]。
Facebookメッセンジャー上で港区のAIチャットボット「グル〜にゃ」に質問すると、回答の選択肢をいくつか提示してくれる。利用前にはFacebookアカウント「グル〜にゃ」と友達になっておく。現在対応している言語は「英語」と「やさしい日本語」の2つだが、このAIチャットボットを構成するサービスの一つ「Oracle Service Cloud」は多言語に対応しているため、同じ仕組みのまま対応言語を増やすことも可能だという。
最終的にはユーザーに対し、役に立ったか立たなかったかのフィードバックをしてもらうことで、AIチャットボットが自動的に学習を重ねていく仕組み。多くの教師データを用意しなくても、様々なパターンの質問に柔軟に対応してくれるほか、データサイエンティストがいなくても現場の担当者が管理画面からすぐに回答を修正することができる利点もある。
港区役所がOracle Cloudを採用した理由は、こうした「多言語対応できるプラットフォームであること」「教師データは不要で自動的に学習すること」「区職員がセルフメンテナンスできる登録の利便性」に加え、行政サービスであるからこそ強く求められる「高セキュリティ」が評価されたことにあると七尾氏は語る。
「実証実験の段階で、家族や病気、税金に関する質問など、人には言えない相談が多く寄せられることがわかりました。そうした質問データとメッセンジャーのIDが紐づけられれば、外部の業者などに個人情報が漏れてしまう。だからこそ、Oracleの高いセキュリティが必要なのです」(七尾氏)
「Oracle Database Cloud」には、上記の高セキュリティ機能に加えて、機械学習のアルゴリズムが内包されている。質問の内容や時間などのデータを分析することで、将来的にはさらなるサービスの改善に向けた提案ができるよう、さらなる貢献をしていきたいという。
注
[1]: 2018年8月23日現在、AIチャットボットの公開に必要なFacebookの承認を待っている状況とのこと。承認が下り次第、運用が開始されるとともに一般にも公開されて、Facebookメッセンジャー上で同チャットボットを見つけられるようになる。また、このサービスは港区の国際化・文化芸術担当Facebookページ「Minato Information Board」からメッセージを送ることで利用を始められる。
稚内の陸上養殖実験を支えるIoT・AI
北海道稚内にある株式会社カタクラフーズは、魚醤やホタテエキスなどを製造している食品製造業を営んでいる。これに加え、かつては水産加工場から残渣(未利用部位)を購入して、鳥・豚・魚の飼料原料・肥料原料となる魚粕・魚粉末を作る飼肥料事業も運営していたが、近年の漁獲量減少のあおりを受け、昨年、事業を閉鎖せざるを得なくなってしまったという。
漁獲量が減ると、なぜ飼肥料事業が廃業へと追い込まれるのか。その謎を解くためには、魚の流通について知る必要がある。一般的に、水揚げされた魚は鮮魚として市場で売られ、店舗を経て我々の食卓に並ぶ。鮮魚として扱われなかった魚は、水産加工場でかまぼこなどの加工食品へと姿を変えて、我々の食卓に並ぶ。さらに、水産加工場で使われなかった魚の頭・尾・骨・皮など部位や、原料にならないほどの小さな魚は、魚粕工場に運ばれて、飼肥料へと生まれ変わっていた。
しかし、近年の漁獲量減少にともなう魚価の高騰により、魚粕工場が仕入れられる原料の量はピーク時の10分の1以下にまで落ち込み、工場稼働率が低下。つまり、原価が上昇した結果、廃業に至ったというわけだ。
カタクラフーズ 業務部営業課の藤山 純氏は、「水産資源枯渇は、もはや避けられない現実。今後、水産業を維持・発展させるためには、水産加工業者が“育てる”ところから行う6次産業化が必要です。そこで我々は、北海道立総合研究機構の6試験場との共同研究として、北海道内の民間企業では初となる、海水魚類“陸上養殖”実証実験を開始した次第です」と語る。
この実証実験の養殖魚はサクラマスである。サクラマスは河川で1年半、その後1年の海洋生活を送る。サクラマスは希少魚で、北海道のサケ・マスの全漁獲量年間15万トンのうち、500〜1000トンを占めるのみだ。それに性格は非常に繊細で、サケ科魚類の中でも養殖が難しいとされている。だから、「サクラマスで成功すれば、他の魚種での成功率も高くなるだろう」ということで選ばれた。
稚内は言わずと知れた日本最北端の地。地の利もある。夏でも海水温が22℃を超える日はほとんどないため、海水冷却のエネルギーコストを抑え、年間通し陸上養殖を実施できる可能性があるのだ。さらに、自社や近隣で発生するホタテ未利用資源を活用した飼料原料の開発により、飼料コストの削減も狙う。
この実証試験で低コストでの陸上養殖が成功すれば、稚内の新規産業になり、地域の活性化も期待できる。そして“育てる漁業”が普及して、北海道陸上養殖のブランドが確立できれば、北海道における水産変革につなげられるかもしれない。そんな夢を抱きながら、日本オラクルとともにIoT・AIを用いた効率化および省労力化に挑んでいる。
藤山氏がIoT・AIの力で叶えたいのは、「遠隔監視」「魚の個体識別」「自動給餌」の3つを安価かつメンテナンスがいらないシステムで実現することだ。その願いを叶えるため、日本オラクル デジタルトランスフォーメーション推進室の内田直之氏が立ち上がった。
まずは初期段階として、画像によるフィッシュプールおよび養殖魚群の監視をすることにした。注水口の水量・エアレーションの気泡量・サクラマスの回遊魚影、これらを1個2000円もしなかったという安価なマニュアルフォーカスのカメラで撮影した画像にフィルタをかけ、数値化したデータを分析する。
クラウドのコストを下げるために、1秒間で30フレーム撮影できるうち、3秒に1枚しか画像を送らないようにしているほか、画像に加工を加えグレースケール化することでデータ容量を抑えた。また、異常検知のためにディープラーニングを使うとコストがかかってしまうため、CannyフィルタやLaplacianフィルタを使って特徴点を捉え、そこから分析するアプローチをとった。Oracle Database Cloudに搭載される機械学習エンジン「Oracle Data Mining」を使って解析してみたところ、実証実験を行った5日〜6日の間に撮影した8万枚の写真による学習結果から、アキュラシーが80%以上という精度が得られているという。
実証実験はまだ始まったばかりだが、データベースアプリケーションをノンプログラミングで開発できるOracle Database Cloudの標準搭載ツール「Oracle Application Express(Oracle APEX)」で開発したアプリによって、遠隔地からもスマホなどでリアルタイムに水槽の様子が見られるようになっただけでなく、異常な数値を検知すると自動でメールが届くシステムも実装されている。今後は個体識別にもチャレンジしていく予定だ。
このようにオラクルはエンタープライズの顧客だけでなく、新規事業でIoT・AIにチャレンジするSMBの顧客にも広く門戸を開いている。これからますますオラクルのAIは、見えないところで私たちの生活を支えてくれることだろう。
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