新たなデジタル技術を活用して、革新的なビジネスモデルを創出したい。そのためのデジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性は、今や多くの企業経営者などに理解されつつある。しかし現実は厳しく、企業がデータを活用して破壊的なイノベーションを起こすのは簡単ではない。
ITシステムやデータがサイロ化していて、それらを活用して新たな知見を得られない。さらにDXの迅速な変化に、既存のビジネスプロセスが柔軟に追随できない課題もある。このままDXが進まなければ、2025年には最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性がある。経済産業省の「DXレポート」でそう指摘し、これを「2025年の崖」と呼んでもいる。
2025年の崖とSAPの2025年問題を取り巻く企業の現状
DXレポートでは2025年までに複雑化、ブラックボックス化している既存システムを見極め、廃棄するもの塩漬けにするものを仕訳し、必要なものは刷新してDXに取り組むべきだと言う。そうすれば、2030年には実質GDPで130兆円を越える押し上げ効果を発揮できると予測する。できなければ日本企業はグローバルでの競争力を失う。DXの実現には、ゴールイメージを共有し、経営者がリーダーシップを発揮して取り組む必要がある。そしてDXを実現できるようにする、ユーザー企業とSIなどのベンダーとの新たな関係性も必要となる。その上で重要な要素が、DX人材の育成だ。
そして企業の情報システム部門には、DXレポートの2025年の崖と同じタイミングでのしかかる、別の問題もある。それが「SAPの2025年問題」だ。既存のSAP ERPのサポートサービスが、2025年に終了する。そのためSAP ERPのユーザー企業は、S/4HANAなどへ基幹系システムを移行しなければならないのだ。これは、既存システムを仕分けして適切に刷新する「基幹系システムのモダナイズ」と捉えれば、2025年の崖と根っこの部分は同じとも言えそうだ。
SAP ERPを基幹系システムとして利用する企業は、日本で2,000を越える。それらを一気にS/4HANAや他のERPのアプリケーションなどへ移行しなければならない。S/4HANAはSAPが用意した純正の移行先ではあるが、データベースは新たなSAP HANAに固定されており、アーキテクチャも刷新されている。そのためSAP ERPからS/4HANAへの移行は、他社のERPアプリケーションに移行するのと同等の手間がかかるとも言われる。そうした理由もあってか、グローバルな調査では既存のSAP ERPユーザーの半分ほどはS/4HANAへの移行を決めているが、1割ほどはS/4HANAへの移行を断念している。残りは態度を決めかねているというのが現状だ。
この状況に対しSAPとしては、大々的に移行のためのプロジェクトを実施するようなことはしていない。新しいS/4HANAへ移行するメリットを粛々と伝え、利用を促すのが基本スタンス。どのタイミングでどう移行するかは、あくまでも顧客の選択に委ねるというのがSAPの立場でもある。
一方で、主にパブリッククラウドのベンダーからは、既存のSAP ERPの環境を自社のIaaSに移行し稼動を始めたとのニュースが発信されることが増えてきた。これはパブリッククラウドのサービスが、基幹系システムを動かすに値する機能、性能、信頼性があることの証明と言うわけだ。株式会社フロンティアワン 代表取締役でSAPを始めとする業務アプリケーションに関わるビジネスに深く関わる鍋野 敬一郎氏も、SAP ERPをパブリッククラウドに「リフト」したとの話題はよく耳にすると言う。
シェアの大きいAmazon Web Services、Microsoft Azureはもちろん、海外ではGoogle Cloud PlatformやアリババなどにSAP ERPを載せた事例が増えている。SAP ERPを動かすとなると、必要なコンピューティング・リソースもかなりのボリュームとなる。それも、パブリッククラウドベンダーが積極的にリフトをアピールする理由の1つだろう。とはいえクラウドベンダーとしては、動いているのが既存のSAP ERPでも新しいS/4HANAでも、あるいは独自のレガシーな基幹系システムでもあまり気にしていないと言うのが本音だろう。伝えたいのは、ミッションクリティカルなシステムを動かせるインフラが用意されていると言うことだ。