アートだから表現できるものがある
ワークショップは3日間。アーティストの視点や考え方を学び、最終的にはグループで作品を創りあげて展示する。最終日の作品展を拝見させてもらうと、一見してちょっとした現代アート展のようでもある。
いくつかの作品を紹介しよう。「言葉は土に還るのか」は偏見を含んだ言葉を刻んだ墓石。言葉には過去のものもあれば、まだ存命中のものもある。「Doodlebug 203X」はヒールがついた上履きが吊されており、下には規則の蟻地獄が待ち受けている。
「健康ガチャ」は病名が記載されたおみくじが出てくるガチャガチャ。作者の1人は「自分が将来どのような病気を発症するかは分からない。それはガチャガチャを引くようなもの」と話していた。鑑賞者はガチャガチャを回して何らかの病名を目にすることで「これが自分の運命だとしたら」と想像を膨らませることができる。作品の隣にはおみくじを結ぶ場所が用意してある。
ワークショップの参加者はアーティストやクリエーターではなく、普段は大手企業にてエンジニアや企画などに携わっているビジネスパーソンたち。ある参加者はワークショップを通じて「普段はクライアントからの要望に忠実に応えることに専念していますが、要求通りがいい結果をもたらすとは限りません。より先の影響を考える視点が持てました」と話していた。また他の人は「現在抱えている業務とは直結しないけど、ここで学んだことはいつか役に立つと思います」とも。
今回創られた作品はどれもそのままでは企業が提供するビジネスやサービスになりえない。例えば「健康ガチャ」なら「いや、そもそも病気のメカニズムとは」でつっこみが入り、論議を巻き起こしてしまうかもしれない。しかし作者たちが伝えたかったのは病気になる仕組みではなく、「健康は平等ではない」という暗黙的な考えであり、鑑賞者に病気の当事者の境遇を想像させるところに狙いがある。こうしたことを伝えるにはアート表現は効果的だ。
ワークショップで講師を務めた現代アーティストの長谷川愛さんは「我々アーティストは微生物のような存在だ」と話していた。土の中の微生物が土壌を豊かにして、誰かがぶどうの種を植えれば、ワインとなり、いつしか文化やビジネスが発展していく。アートは物事が形になるずっと前の段階にいて、最初のきっかけを与えている。しかし多くが意識することはない存在でもある。
イノベーションを起こせるような自由な発想力、AIにはない人間力、どれも一朝一夕で得られるものではない。どのようなインプットや体験が必要か。そうした模索において、アートに触れることは有効となるだろう。