見過ごせない米中二国が関連する地政学リスク
経済のグローバル化が進展する中、地政学リスクは過去に例がなかったほどの高い水準に達している。過去3年を振り返っただけでも、米国ではトランプ政権の誕生によるTPP脱退やNAFTA再交渉、欧州では英国のEU離脱(Brexit)による混乱、アジアでは存在感を増した中国による一帯一路政策の推進など、様々な事象が発生した。日本は米国と同盟関係にある一方、地理的に近い中国との関係も深く、両国の企業との取引が多い。地政学リスクが日本企業のビジネス活動に及ぼす影響は増大の一途にあると言えよう。
この現状を踏まえ、PwC Japanは、2019年3月に日本企業の400名の課長職以上の会社員を対象とする「地政学リスクに対する日本企業の意識と対応実態調査」を実施した。まず、その調査結果からわかった日本企業の地政学リスクに対する意識について紹介する。
過去3年間における自社への地政学リスクをどうみているかについて尋ねたところ、海外で事業を展開する企業の回答者の69%が「リスクが高まっている」と回答した。「日本国内だけで事業を展開する企業と比べると、リスクへの感度の差は明らか」と舟引氏は語る。そして、最も懸念しているリスクと認識しているものを3つまで挙げてもらったところ、上位は「米中貿易摩擦」「中国国内政治・経済の不安定化」となった(図1)。
地政学リスクの中でも、政治体制の変更、税制などの規制対応、為替差損の3つを特に脅威と認識しており、海外で事業展開する日本企業の回答者の約8割が今後3年間の会社成長に及ぼす地政学的な不確実性を懸念していることがわかった。この結果は、「PwCが毎年行うグローバルでのCEO意識調査の結果とも共通する」と舟引氏は解説する。
さらに、地政学リスクが原因で過去に損失を経験したことがあるかという質問に対しては、過半数が経験しており、直近1年だけに限っても2割が「ある」と回答している。驚くべきは、損失の規模が大きいことだと舟引氏は話す。約2割弱が「20億円以上の損失を経験した」と回答。日本全体で見ると、実はもっと大きな経済的損失を被っている可能性があるといえる。その損失の原因は、「中国:貿易摩擦」「米国:リーマンショック」がトップ2。これに「米国:貿易摩擦」が続き、10年以上前になるにもかかわらず、リーマンショックの残したインパクトが大きかったとわかる。
4割の日本企業が持て余す地政学リスク
次に、日本企業がどのような地政学リスクへの対応を行なっているかを調査結果から紹介しよう。経営戦略における地政学リスクマネジメントの位置付けを尋ねた結果によれば、海外で事業展開する日本企業の回答者の約8割が重要と回答している。この結果を見て、「地政学リスクのマネジメントは経営課題である」と舟引氏は言い切る。というのも、投資家や株主を始めとする社内外の様々なステークホルダーから説明と対応を求められるからである。
とは言え、実際の対応は容易なことではない。具体的にどうマネジメントを行うかとなると、海外で事業展開する日本企業の回答者の約4割が特に対応をしておらず、有事の際には損害を直接被る可能性がある。その一方で、約4割の企業が「専任ではないが、社内に対応チームがある」と回答している。例えば、経営企画部や海外事業統括部の中に「リスクマネジメントチーム」が設置されていたとしても、専任ではないということだ。専任のリスクマネジメントチームを設置できる企業は大手に限られる。加えて、「そこまで感度の高い企業であっても、カントリーリスクとしてリスクを国単位で見てしまうため、十分な対応ができないことがある」と舟引氏は指摘する。仮に社内でAさんが米国、Bさんが中国を担当していると、組織として米中間の問題を客観的に分析することは難しい。昔ながらのカントリーリスクに対応するという姿勢では、対応が困難な時代にあると言えよう。
さらに、経営幹部が地政学リスクマネジメントを経営課題と見ているのであれば、分析結果を関係部署と共有して終わらせるわけにはいかない。その先の事業に及ぼすリスクについてのシナリオを作り、意思決定プロセスに落とし込むことも必要になる。しかし、そこまでの対応ができている企業は全体の25%程度。これは専門スキルを持った人材が少ないことが原因と舟引氏らはみている。
経営課題としてリスクが顕在化した事態に備えるには、キャッシュフローの予測に基づく運転資金の手当が必要になるが、予測に用いるシナリオの作成には、高度な専門知識を必要とする。そこまでの対応ができる企業は、一部の金融機関や事業投資に携わる総合商社などに限定され、社内で地政学リスクを考慮したメソッドを活用できる状況にある企業は少ない。