Amazon Web Servicesが、記者説明会を開催する頻度は高くない。むしろ、大手ITベンダーの中ではかなり少ないほうだ。新たな機能が追加されたなどは、主に自社のWebページやブログで明らかにする。機能追加程度なら、プレスリリースも配信されないことが多い。国内で開催される記者向け説明会は、技術的なトピックの解説やAWS re:Inventのフィードバック、あとはパートナーとの協業くらい。会場も自社のセミナールームなどを使うのが普通だ。AWSが積極的にプレス向けに広報活動を行わなくても済むのは、届けたい人に確実に情報が届くコミュニティなどがしっかりと形作られているからこそだろう。
大阪がローカルリージョンでは十分ではなかった
そんなAWSジャパンが先日、帝国ホテルを会場に「クラウドインフラストラクチャに関する記者発表会」を開催した。発表したのは2021年初頭に大阪でスタンダードなAWSリージョンを開設するというもの。これによりアジア太平洋地域では、9つ目のAWSリージョンが誕生することとなる。
2018年に開設された大阪リージョンはシングルAZ(アベイラビリティゾーン)構成のローカルリージョンだった。これを、地理的に離れた3つのAZで構成されるフルリージョンに昇格する。各AZは単一の障害などが可用性に影響を与えないよう隔離され、可用性が大きく向上することになる。大阪リージョンでは、他の地域のリージョンと同等のサービスを提供することとなる。
アマゾン ウェブ サービス ジャパン 代表取締役社長の長崎忠雄氏は、大阪をフルリージョンとすることで「大阪と東京という異なる拠点でITシステムを稼動させたいニーズに応えることができます。関西圏でも低遅延でAWSのサービスを使えるようになります」と言う。昨年のre:InventからAWSでは、「低遅延」を新たなキーワードとしてアピールしている。低遅延を実現するために米国カリフォルニア州ロサンゼルスではAWS Local Zoneの提供を開始している。地理的に近い場所に拠点があることで、ロサンゼルス地域ユーザーの低遅延のニーズに応えるのだ。
さらにAWS Outpostsもハイブリッド・クラウドを実現するものと言うよりは、ユーザー環境の近くにAWSのサービスインフラを持ち込むことで、ネットワーク的な遅延を極力なくす仕組みだ。AWS Wavelengthもまた、5Gの技術を活用し低遅延を実現する。今回発表した大阪リージョンも、関西地域のユーザーが持つ低遅延のニーズに応える。
ところで、シングルAZのローカルリージョンとフルリージョンでは、ユーザーにとってどのような違いがあるのだろうか。これまでのローカルリージョンでも、低遅延へのニーズにはある程度応えられるだろう。とはいえシングルAZでは、高い可用性は確保できない。さらにローカルリージョンでは、提供されるサービスも限定的という課題もあった。
既に大阪リージョンを利用しているソニー銀行の執行役員 システム企画部 システム開発部 システム管理部担当の福嶋達也氏は「ローカルリージョンだと使えるのは基本機能に限られます。仮想サーバーやバックアップ用途であれば問題はありませんが、クラウドネイティブなサーバーレスなアーキテクチャなどを組もうとすると対応していませんでした。大阪がフルリージョンとなることで、今後はクラウドネイティブなアーキテクチャをマルチリージョンで使えることになります」と言う。
ソニー銀行では、2013年にAWSの利用に関しアセスメントを行っている。その結果、勘定系を含めAWSが利用できそうだとの認識にはなった。とはいえ当時は大阪リージョンがなく、本格的に利用するには国内に2つ目のリージョンが必要だと考えていた。これは金融業界特有の「FISC安全対策基準」に対応するためにも必要なものだったのだ。
そこでソニー銀行では2014年の夏以降、AWSに対し国内に2つ目のリージョンを設置する要望を出した。この要望は米国でも受け止められ、大阪ローカルリージョン設置につながっている。さらに今回の発表で、ローカルがとれ通常のフルリージョンになる。これにより「ソニー銀行としては、全てのシステムでAWSの利用が可能という方針を決定しています。銀行業務にも制限はなく、全業務でAWSの利用ができると判断しています」と福嶋氏。今後はインターネットバンキングから情報系、勘定系などAWSを全面的に採用する。サーバー環境だけでなくクライアント環境でもAmazon WorkSpacesの利用を開始している。現状、WorkSpacesは銀行業務以外で利用されているが、今後は銀行業務端末でも採用することを決めている。
狭い日本に2つのフルリージョンを設置することへの期待感
ローカルからフルリージョンへの昇格なら、広報的にはブログで告知でも良いようにも思われた。しかしながら今回は帝国ホテルを会場にしソニー銀行の執行役員をゲストに招き、1年も先に実現することを記者発表会としてアピールした。それだけAWSにとって、大阪がフルリージョンになることをいち早く市場に伝えたかったわけだ。実際、この広報活動は成功しているようだ。既に多くのメディアで、大阪がフルリージョンになることを記事として取りあげている。
日本という狭い国土の中に2つのフルリージョンを設置することは、AWSのビジネス上でかなり大きな意味がある。これは、米国本社が日本を重要な市場と認識している証しでもある。そしてソニー銀行の例のように、今後はより「止められないサービス」をAWSの上で動かしてもらいたい意図も、発表会からひしひしと伝わる。ミッションクリティカルなシステムを日本国内においてマルチリージョンで動かせることをアピールしたことで、クラウドの利用に慎重な国内の「これからクラウド化を進める多くの保守的な企業」の背中を、AWSに向かうよう後押しすることになるだろう。
とはいえ日本にこれだけ投資をするのは、AWS本社からの日本ビジネスへの期待もかなり大きいと言うことだ。それに応えるためのパートナーを含む体制整備など、新たな課題も出てくるかもしれない。人手不足の日本では、良い人材を集め体制を強化するのはそう簡単ではないだろう。
それを踏まえ2020年には、スタートアップ・デベロッパー支援の強化、企業の変革と人材教育のサポート、日本全国の顧客支援を強化する継続的な投資を行うと長崎氏は言う。既に2019年に大阪オフィスを拡張し、さらに名古屋、福岡の人員も増やしている。より顧客のカバー範囲を強化するために、全国各地のパートナー育成も強化する。こういった体制の強化で、大阪がフルリージョンになるまでの1年ほどでしっかりとその価値を企業にアピールできれば、2021年にはAWSの採用がさらに加速することになりそうだ。