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「契約の目的」をクリアにしないことで陥る落とし穴


開発目標を達成できなかったソフトウェア開発

事件の概要(1)

 (那覇地方裁判所 平成12年5月10日判決より)

 企業情報の提供サービスを行っているユーザ企業が、ある企業(以下 開発企業という) に企業の信用情報管理やその調査報告書を作成するソフトウェアの開発を委託した。ユーザ企業と開発企業が話し合ったユーザ企業のニーズ、開発の目標(契約目的)は以下の通りであるが、これらは契約書には明記されず両者が行った会議のレジュメに記載されていた。

 (開発目標<上位※>)

  • 情報提供を依頼する顧客への応対を迅速化すること
  • 調査対象企業の「気がかり情報」の提供を継続的に可能にすること
  • システムへの入力時間を短縮すること

 (開発目標<下位※>)

  1. 調査レポート入力に要する時間を、一件につき一時間以内にする。
  2. 企業信用調査における企業データの照会が即座に行えるようにスキャナーを使用し、紙情報を電子化し、既調袋・ロッカーを不要とする。
  3. データ送受信の高速化を図り、福岡・沖縄間をオンライン化する。
  4. 収録したデータをコンピュータに取り込み、管理の一元化を図る。
  5. 企業信用調査において集積された企業データと「I・BLという情報誌のデータ」を、それぞれコンピュータに取り込んで管理を一元化する。

 ※判決文では上位、下位という記述はないが、便宜上名前を付けた。

 長くなるので、いったんここで区切ります。ご覧の通り、この開発目標は一部、定量的な表現も用いて具体的に書かれています。

 どちらかと言えば経営目標に近い上位と、システムの実現方式に近い下位の関連性も客観的に認識でき、かつ、これを行えば確かにユーザ企業の経営に寄与するであろうことがわかるという点では、それなりにきちんと書かれていると思われます。

 では何が問題で裁判になってしまったのでしょうか。続きを見てみましょう。

事件の概要(2)

 (那覇地方裁判所 平成12年5月10日判決より)

 開発は進められ納品に至ったが、ユーザ企業は本件ソフトは開発目標を達成していないため、業務上使用できる状態ではなく請負契約の仕事は完成していないとして契約解除の意思表示をし、開発費用の支払いも拒絶したが、開発企業側はこれを不服として、費用支払いを求めて訴訟を提起した。

 (ユーザ企業が開発目標を達成していないとした点)

  1. 調査員が記入した調査用紙と入力画面の入力形式が異なるので入力に時間がかかる。
  2. 原稿どおり入力されたかをチェックする手だてがなくチェック校正に時間がかかる。
  3. ドキュメンテーションの行間が狭く見にくいため、行間を拡大する必要がある。
  4. 決算書の様式が横並びで非常に入力に手間がかかっている。

 ユーザ企業の指摘を見ると比較的細かい点が多く、この程度であればベンダにクレームを入れて対応してもらうことも可能だったのかもしれません。事実、このベンダはソフトウェアの改善を試みて、かなりの対応を見せたのですが、結局、ユーザ企業が費用の支払いに応じることはありませんでした(一部は支払いましたが、大部分は残ったままです)。

 恐らく、この時点までで、ユーザ企業とベンダの信頼が大いに損なわれていて、なんとかしてシステムを一緒に完成しようという意思が、双方になくなっていたようです。その証拠に、ユーザ企業は別のベンダに依頼して、同等機能を持つシステムを完成させていました。

 いずれにせよ、このソフトウェアは、その利用によってオペレーターの生産性を落とすこととなり、契約の目的のうち、「情報提供を依頼する顧客への応対を迅速化すること」、「システムへの入力時間を短縮すること」、「調査レポート入力に要する時間を、一件につき一時間以内にする」などが達成できなかった可能性があります。

 一つひとつは細かいことにも見えますが、ユーザ企業からすれば、顧客満足度と従業員にかかるコストに影響する問題で軽視はできません。確かにこのソフトウェアは、必ずしも開発目標を達成したものとは言えず、費用の支払いを拒む理由としては妥当なのかもしれません。

次のページ
「開発目標」の弱点1:契約書に書かれていない

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この記事の著者

細川義洋(ホソカワヨシヒロ)

ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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