来沖の経験とインスパイアが活きる
講演の冒頭、タン氏は沖縄への思いと感謝を述べる。5年前、沖縄に来たタン氏は激しい台風でホテルに閉じ込められた。被害状況や洪水などの状況を観測し、多くの人からの刺激を受けた。その経験は1年後、台湾でIT担当大臣に就任した時に地震や洪水の予測のIoTのシステムに活かされ、今回の新型コロナウィルスの防疫の基盤となった。この時の日本での経験とインスパイアをくれた人々に感謝を述べた後で、タン氏は「信頼」というテーマについて語った。
「Covid-19によるパンデミックそしてインフォデミック(情報被害)に直面し、社会を守る根本原理が問われました。昔から疫病が起きると人は国境を閉じ、都市を封鎖し、集まりを禁止してきました。そして不安にかられお互いを罵りあいます。最も恐れるべきは、人々の間の信頼が崩れることです。社会を守る原則は信頼です」
危機的な状況の中で、不信と分断を食い止めるために必要なものは「開かれた政府」だとタン氏は言う。以前からタン氏は、オープンガバメントの活動にコミットをおこなってきた。同時に、「シビックハッカー」(政府が公開したデータをもとに、市民のためのアプリケーションを開発するエンジニア)としても知られる。
新型コロナウィルスが広がり始めた初期、日本でもそうだったように台湾もマスクをめぐるパニックが起きていた。マスクの供給と需要のバランスが崩れ、政府の対応に批判が相次いだ。2月の初め、マスクが購入できる場所を示す、地図アプリケーションがシビックハッカーによって開発された。タン氏はこれに着目し、シビックテックのコミュニティ「g0v」(ゼロガバメント)の開発するプロジェクトにジョインし、政府公認のアプリとなった。開発した若者には、GoogleMapのAPIを利用したために当初、膨大な使用料が課せられたが、後にGoogleによってこの費用は免除された。
2月にマスクの配給システムがはじまった。台湾の約6000の薬局、薬剤師、知見を持つ専門家だけでなく、地域コミュニティの中で人々が信頼を置いている薬局によって、処方箋のようにマスクを配給する。台湾では、ICチップ搭載の健康保険カードが普及しており、高齢者や基礎疾患を持つ人が処方箋を受け取るのと同じ方法で、健康保険IDカードによって自動的にマスクを受け取ることができるようになった。
このシステムはリリース後もさらに改善されていく。当初は特約薬局での受け取りに限られていたが、地理的に厳しい人たちからの意見を踏まえ、公平を期すため、全国のコンビニエンスストアやスーパーでも受け取れるようにした。さらに、カードを差し込むだけで予約ができるようになり、仕事で時間が取れない人や高齢者でも簡単にアクセスできるシステムを実現した。どこかの店でマスクのための行列が出来ていたら、すぐにメンバーが買える場所を教え合うことで、行列は解消された。
シビックテックのエンジニアたちによって、次々に改善がおこなわれ、マスク配給アプリは進化していった。タン氏の語るイノベーションの原則が反映されているといえる。トップダウンの決定に従うのではなく、市民やコミュニティのメンバーから生まれるという原則によるものだ。
「これは最前線から末端までの人々による集合的な知識によるイノベーションなのです」
もうひとつのタン氏の原則は、支援については誰も除外せず、インクルーシブなものであるべきという考え方だ。いわゆる「夜の街」の仕事に従事する人には、実名を明かしたくない人もいる。感染拡大を防ぐにはそうした人々の接触や移動の履歴情報も必要になる。感染対策チーム(CCC)にはHIV患者への対応経験のあるメンバーもいたため、こうした配慮ある対策がおこなわれた。実名でなく、プリペイド携帯によるメールアドレスやスクラッチパスのコードネームでも申告ができるようにしたという。