公衆衛生分野にはAIの説明責任が伴う
――会社の事業内容と中山様の役割について教えてください。
私たち日本コンピューターは「人類の進化に寄与する価値の創造」という経営目標を掲げ、社会問題をITの力で解決することをビジネスの軸とする独立系のIT企業です。特に重視しているのが公衆衛生や保健分野で、常にその仕事は社会に貢献できるのかを自分たちに問いかけながら仕事をしています。私自身は事業本部の責任者ですが、公衆衛生分野のシステムを手がける「ヘルスプロモーショングループ」の責任者も兼務していて、このグループでは主に自治体の保健所向けのシステム開発、導入、保守、運用を手がけています。
――保健所総合パッケージ「WEL-MOTHER」はどんな経緯で開発したのでしょうか。
保健所の業務は、人間を対象とする保健衛生から物を対象とする生活衛生に至るまで多岐にわたりますが、公衆衛生に関して必要な機能を網羅的にカバーするシステムを提供するのが「WEL-MOTHER」です。元々は1992年にPCで動く健康指導に役に立つシステムを作ろうと開発を始めました。一口に自治体のシステムと言っても、いわゆる基幹系ではありません。保健師、薬剤師、看護師といった専門職の人たちが使うものを提供しています。
2021年現在における日本の自治体数は全部で1741になりますが、全ての自治体に使ってもらうのは難しい。かといって、社会課題を解決するのにカバレージが低いのでは意味がない。そこで私たちは政令指定都市や東京都特別区といった保健所を設置する大都市を中心にWEL-MOTHERを提供しています。日本の政令指定都市20団体の8割、特別区では9割の団体が利用中です。
――多くのデータ資産を持つ大都市の保健所を押さえているわけですね。今回データ分析ツールを導入したのはどんな目的があったからでしょうか。
端的に言うと、分析の効率化と正確性の向上を求めてのことでした。今までも仮説検定をやってきましたが、仮説を立てるところからやる分、作業量は膨大なものになり、どうすれば効率的にできるかが私たちにとっての課題でした。また、昨今では行政でもDX推進の文脈でAIの活用が奨励されていますが、私は「AIのブラックボックス問題」が気になっていました。インプットに使うデータの偏りを見落としていると、正しい結果を得られませんし、お客様への説明が歯切れの悪いものになってしまう。分析結果の根拠を明確に示すことができない点にもどかしさを感じていました。
統計学と公衆衛生の専門家の知見を借りる
――2つの分析課題を解決するために株式会社データビークルの「dataDiver」を採用したわけですね。データビークルを知ったきっかけはどんなことでしたか。
データビークルの取締役の西内啓さんについて『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)などの著書を通じて知っていましたが、2019年6月の新製品発表会に話を聞きに行った時がデータビークルとの最初の接点でした。私たちの関わる公衆衛生と統計学は切っても切れない関係です。西内さんはその両方の専門家であることも、関心を持ったきっかけといえます。
データビークルのdataDiverは通常の提供形態はクラウドが基本ですが、私たちがやろうとしていたことは、母子保健を起点とする家庭に関する非常にセンシティブなお客様データを預かってのオンプレミス環境での分析です。それが実現できるかを検証する必要があり、利用開始は2019年11月からになりました。テストデータではなくいきなり実際のデータを使った分析ができたのは、お客様が私たちを信頼してくれていたからできたことだと思います。
――最初からWEL-MOTHERのデータを使って分析を始めたと。
最初は分析テストとして、まず私たちの社内サーバーに分析環境を用意し、自治体のお客様から匿名加工して預かったデータの分析を行いました。その後、日本コンピューターとして外販している児童虐待予防システムの裏側で利用することとなりました。これはWEL-MOTHERの母子保健データと児童相談所のデータを組合せ、より早く虐待の兆候を察知し、関係者間で共有できるようにするものです。dataDiverのエンジン機能を切り出してもらい、お客様先にサーバーを構築します。そこで集めたデータを加工して予測モデルを更新し、返ってきた結果を私たちのシステムにフィードバックする仕組みを作りました(図1)。
――データビークルからは製品以外のサポートも得ているのですか。
はい。データビークルさんには、私たちのチームに入ってもらい、ナレッジの提供と分析結果の監修をしてもらっています。dataDiverにデータを入れるところから、整形、モデル構築の支援とともに、公衆衛生と統計の専門知識を駆使したアドバイスをいただいています。データの切り口は正しいか。偏りがないか。統計的に正しい分析結果を提供し、お客様への説明が自信を持ってできるのはそのおかげだと思っています。