100年の歴史を持つSUBARU、“DXの現在地”は
東京・恵比寿の本社ビル。連載最初の女性リーダーが笑顔で迎えてくれた。自動車メーカーSUBARUのIT戦略本部 情報システム部長 兼 サイバーセキュリティ部長の辻裕里さんだ。その発言力と手腕から、親しみを込めて“武闘派”とも称される辻さんだが、キャリアを通して一体何と闘ってきたのだろうか──。辻さんはこう話す。「今は優しくなれるように切り替えているんです。競うより、力を合わせたほうが大きな仕事ができるから」。和を乱さず、欲しいものを手に入れる。自分も周りも幸せにするマネジメントの術を聞きたくなった。
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酒井真弓(以下、酒井):辻さんがSUBARUに入社して3年が経ちました。
辻裕里(以下、辻):そうですね。3年経ってやっと、“かみ合わないこと”に慣れてきました(笑)。自動車メーカーの仕事は、カッコいいクルマを作ってお客様に届けることです。でも、システムって最初から運用効率まで考えて作るじゃないですか。こうした考え方の違いから、当初は歩み寄れないことも多かったように思います。
しかし、当社がコネクテッドビジネスに力を入れるようになって風向きが変わりました。「CASE[1]」や「MaaS」といった概念がハブとなり、お互いの主張が理解できるようになってきたんです。今では、「辻さんが3年前に何を言っていたのか分かってきたよ」と言ってもらえるようになりました。
酒井:DXの現在地を教えてください。
辻:3年前、当社はまだ紙やハンコが主流で、給与明細も紙でした。新型コロナウイルスの影響が出始めた2020年の初め頃は、在宅勤務のルールもなければ、持ち運びできるパソコンもネットワークも整備されていない状態。そこから1万人のリモートワーク環境を実現しました。このときは、多くの社員が「子どもの休校に合わせて在宅勤務できるようになって助かった」とか「情シスが頑張ってくれたおかげでイケてる会社に近づいた」と声をかけてくれて嬉しかったですね。
一方で、経産省『DXレポート』でおなじみ「2025年の崖」を地で行くような古いシステムも数百に上ります。現在、老朽化対策するもの、刷新するもの、新たに立ち上げるものに分けて整理しているところです。ものすごい量なので、整理できたときの効果は大きい。そこで、私たちはこれもDXの一環と捉えています。
2022年4月からは、アプリ開発の標準化を進めています。これまでは、要望ごとにアプリを開発し、作った後にインフラや運用を考えていました。
先に製品を作るというのは自動車業界のやり方です。システムの世界では、作るものや目標を合意形成してからチームに分散しますよね。自動車の場合、何かを作るとなると瞬時にチームができあがり、それぞれ連携しなくても、プロジェクトが進んでいくのです。それが私にはとても不思議で。なぜこんなことができるのか聞いてみると、100年以上の歴史があって段取りに慣れているので、手前の課題から一つずつ解決していけるのだそうです。
でも、同じことをアプリの開発・運用でもやっていては、統制が利かなくなるのが目に見えています。そこで今は、運用重視でインフラを共通化し、クラウドサービスやローコード開発ツールを使うことで、極力開発しないスタイルに移行中です。
酒井:情シス部長として、やりがいを感じるのはどんなときですか?
辻:私は子育てをしながら働いていたので、時間を無駄にするのがイヤなんです。周りが非効率的な仕事をしているのを見るのもイヤ。だから、ツールを導入して効率化できたとか、働きやすくなったとか、少しでもそう感じてもらえるのが嬉しいです。世間が言うキラキラしたDXではないけれど、仮に全従業員がそれぞれ1分でも効率化できれば効果絶大です。
酒井:情シスはまさに天職なんですね。
辻:そうなんです。情シスって何もなければ合格点、何かあればマイナス評価される損な役回りでした。でも、ここ数年でITの重要性は増し、当社でも情シスの仕事は5倍に膨れ上がっています。情シスがいなければ、もはやビジネスが成り立たないわけです。ですから、私はメンバーが楽しく働けるよう標準化・効率化を進め、クラウドやデータ分析、ローコード開発といった新たな領域にも挑戦しやすい環境を作っていきたいです。
[1] Connected(コネクティッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリングとサービス)、Electric(電気自動車)の頭文字