ウクライナにおける最大の教訓は「被害が出ていない」こと
──2022年は、国内外でセキュリティを巡る大きな動きがありました。松原さんはこの1年をどのように振り返りますか?
やはり、ウクライナ情勢の影響が非常に大きかったと思います。ロシアによるウクライナ侵攻以前から危惧されていたことですが、私自身、万が一ロシアが軍事侵攻するならば、戦争初期段階でウクライナがサイバー攻撃によって大きな被害を受けるだろうと予想していました。
ですが、その予想は他の多くのサイバーセキュリティの専門家同様、完全に外れる結果になりました。これに関して、リンディ・キャメロン英国家サイバーセキュリティセンター長官は、「今回の戦争において(サイバー環境における)最大の教訓は、ロシアが(サイバー攻撃に)成功していないことだ」と指摘した上で、成功していない理由として次の3点を挙げています。
1つがウクライナの努力でサイバー防御を相当高めてきたこと。2つ目がアメリカやイギリス、EU諸国、NATOからのサイバー支援。そして3つ目が様々な企業からの支援です。
ウクライナ政府の発表や様々なサイバーセキュリティ企業の報告書を見ていると、ワイパー攻撃を含め、ロシアから業務妨害型のサイバー攻撃が多数行われています。それにもかかわらず、ロシアが当初想定していたほどはサイバー攻撃による被害は出せていないように見受けられます。
それだけウクライナによるサイバー空間での防衛が機能しており、“ウクライナの努力”に対する支援が国際的に継続していることを意味します。これは非常に驚異的です。さらに強調すべきは、ウクライナは単に海外からの支援を受けるだけではないという点です。
たとえば、ウクライナ国家特殊通信情報保護局のビクトル・ゾラ副局長やミハイロ・フェドロフ副首相兼デジタル変革担当大臣などは、様々な国際会議に足を運び、この戦争で自分たちがどういったサイバーセキュリティ上の教訓を学んでいるのかを、自分たちの言葉で訴えています。片道2日かけて現地に赴き、対面で語り掛けるからこその説得力があります。
一方的に支援してもらうだけでなく、自分たちからも教訓を共有し、「双方向の協力関係にしよう」という努力が伺えます。尊敬に値すると考えています。
──仮に日本が将来、ウクライナに近いような状況に置かれたとき、同様の対応はできるでしょうか?
昨年8月にはナンシー・ペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問に合わせ、台湾に対する大規模なサイバー攻撃が発生しました。また、台湾周辺で大規模な軍事演習が行われています。
ロシアからウクライナへのサイバー攻撃は今のところ、それほど成功していないように見えます。しかし、そのロシアの失敗から学んでいる国があるのではないかとキャメロン英国家サイバーセキュリティセンター長官は危惧しています。
台湾有事の際に妨害型のサイバー攻撃があまり起きないと楽観視すべきではありません。日本がウクライナ情勢と台湾情勢でのサイバー脅威を目の当たりにし、危機感を募らせたからこそ、去年の12月、安保3文書でサイバーセキュリティ能力に相当踏み込んだのです。
また経済安全保障推進法が成立し約1年になりますが、この法律ができた背景には、人工知能やAIなどITの最新技術が、私たちの経済活動やイノベーションだけでなく、国家安全保障の根幹をなすところにまでに至っているという現状があります。
最新IT技術の恩恵を享受すると共に、社会の安心安全を確保していくためには、経済安全保障の上位概念である国家安全保障も進める必要があります。その取り組みには、政府だけでなく、イノベーションに携わっている企業も関わり、知見を共有し、政策作りに携わらなければうまくいきません。「国一丸と安心安全を確保していきましょう」という政府の強い意思が、経済安全保障推進法と安保関連3文書が作られた背景にあると私は見ています。