米軍高官たちが語る、台湾有事の蓋然性
台湾有事については、デービッドソン前インド太平洋軍司令官の発言が有名である。2021年3月の上院軍事委員会の公聴会で、「台湾は野望の一つであり、今後6年以内(2027年まで)に脅威が顕在化する」という趣旨の発言をした。
2022年10月には、マイケル・ギルディ米海軍大将が「中国は、これまで目標を早く達成してきており、2023年にも台湾侵攻は有り得るかもしれない」と語り、2023年1月には、マイク・ミニハン米空軍大将が「2025年に中国が台湾を攻撃する機会が生じる」と証言している。
皆、軍関係者による発言であり、少なからず中国の脅威を印象付ける意図があったかもしれないが、2023年2月にはバーンズCIA長官が「中国の習近平国家主席が2027年までに台湾侵攻を成功させるための準備を行うよう軍に指示していることを把握している」と発言した。
バーンズCIA長官は、2022年のロシアのウクライナ侵攻においても、開戦前からその侵攻意図に関して獲得したインテリジェンス情報を積極的に公開するという戦略に打って出て、それは的中した。だからといって今回も的中するというのは安直すぎるが、あながち根も葉もない話でもないだろう。
そこで、中国による台湾統一の動機を整理して、台湾有事の可能性を考えてみよう。習近平国家主席は、2049年の建国100周年を見据えた社会主義現代強国の実現、中華民族の偉大なる復興を掲げており、そのためには台湾問題の解決と祖国統一が必要だと考えている。
それに加えて台湾は軍事、経済両面での戦略的価値が高い。軍事面においては、現在中国は南シナ海から米本土に届く核弾頭ミサイルを運搬可能な戦略原子力潜水艦(戦略原潜)を配備できていないため、太平洋に進出する必要があり、そのために台湾が重要な位置にある。
中国が太平洋進出を行う上では、日本列島、沖縄本島や石垣・与那国など先島諸島を含む南西諸島、台湾、フィリピンが中国大陸を覆うように位置している。これがいわゆる第一列島線である。これにより、戦略原潜が太平洋に出る際には米国からモニタリングされ、有事の際には攻撃型原子力潜水艦に撃沈させられてしまう[1]。
台湾を手中に収められれば、中国は潜水艦の展開が容易となり、核攻撃の成功率が飛躍的に上昇する。戦略原潜は核攻撃の最後の砦であり、この能力を維持、確保することは戦略上極めて重要である。そのため中国は、南シナ海の第一列島線内から、米国本土を射程に含めることのできる潜水艦発射弾道ミサイルとそれを運搬する戦略原潜の開発にも力を入れている。逆に米国からすれば、この事態を看過できないといった構図だ。
[1] 森本敏編著/小原凡司編著『台湾有事のシナリオ:日本の安全保障を検証する』(ミネルヴァ書房、2022年)
経済における中国の狙い
台湾における経済面での価値は、先端半導体の製造技術である。とりわけ、台湾のTSMCの微細化技術は圧倒的であり、中国企業とは雲泥の差がある。TSMCは回路幅3ナノの量産体制を保有しているが、中国には、7ナノよりも細かいチップを製造できるファンドリーは存在しないという[2]。
また中国の内政面からも、台湾有事につながるリスクは存在し得る。中国は長年の一人っ子政策の影響で少子高齢化が進み、国連によると2023年にはインドの人口が中国を超えると予想されており、今年の8月15日にはインド首相のモディ氏が人口世界一をアピールしている。中国では、経済成長の後ろ盾であった国内の巨大市場が継続して経済をけん引出来なくなる可能性とともに、不動産や金融等の構造的リスクも存在している。
これまで経済成長により暮らしが豊かになることで国民の納得を獲得してきた共産党体制であるが、今後は低成長経済下でその正統性が低下した場合、ナショナリズムに訴えるために、台湾統一を行うモチベーションにつながる可能性は否定できない。
また、2023年習近平国家主席は三期目の政権となり、胡錦濤派だった胡春華氏が政治局員から外れるといった、さらなる一強独裁体制が確立された。ゼロコロナ政策やIT規制に代表される独裁体制下での事業不確実性もこれに拍車をかけるだろう。
ロシアの例で言えば、10日でウクライナ侵攻を成功させる計画[3]だったことからも、実態と乖離する情報に基づいて、ウクライナ侵攻を決めた可能性が考えられる。プーチン大統領がウクライナ侵攻という非合理的な決断を下したように、過度な独裁体制下ではトップの耳当たりの良い報告ばかりが上がる傾向にある。そのため中国でも、非合理的判断が行われる可能性が上がったと言えよう。
時間軸を考えると、中国はいまだ台湾上陸作戦を成功するだけの兵力を保有していない。そのため、この整備に時間を掛ける必要がある一方で、米国がウクライナ支援で枯渇した武器供給や日本の防衛力強化の実装が完了しないうちに、実力行使に出たいとも考えられる。
[2] 太田泰彦 著『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』(日本経済新聞出版、2021年)
[3] Royal United Services Institute for Defence and Security Studies, “Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February–July 2022”