鈴鹿製作所が挑んだ「製造現場DX」 成功の鍵は“現場主導”の変革
本田技研工業(以下、Honda)は、世界的な自動車やオートバイなどの輸送機器、機械工業メーカーであり、国内に3つの製作所を設けてグローバル各地の工場へと部品を供給している。その1つである鈴鹿製作所は、1960年に設置されて以来、海外工場への技術支援をする“マザー工場”としての役割も担っている重要拠点。「IoT/ICTなど、常に新しい技術を取り入れていかなければならない中で『MotionBoard』を活用してきた」と語るのは、鈴鹿製作所でDXを牽引してきた池口大輔だ。同氏は、メキシコでの新拠点立ち上げ、2017年頃からIoT/DX担当として活躍している人物。鈴鹿製作所におけるMotionBoardの導入・利活用をはじめ、製造現場におけるDXのキーパーソンでもある。
HondaがDXを本格的に進めたのは、2021年のこと。社内向けに「Honda DX宣言」を掲げると、鈴鹿製作所でも「まずやるDX」という推進スローガンを打ち出した。第1次産業革命から第3次産業革命では、エネルギーを中心として変革が進んできた中、これからはコネクティビティによる自動化が第4次産業革命として進んでいき、否応なしに仕事の在り方も変わっていくとして「これからは人だけではなく、データも主役になっていく」と池口氏。社会課題に対応するためにも同社は2020年に電動化へと本格的に乗り出しており、今後もカーボンニュートラルやGX(グリーン・トランスフォーメーション)などに、デジタル技術を活用してチャレンジしていかなければならない。
そうした中、鈴鹿製作所でも環境構築からスタートしており、下図のようなDX推進体制を敷いている。
特徴的なのは、“ボトムアップ型のDX”ということ。各部工場にいるDX推進メンバーから意見があげられると、IT部門や全社DX委員会などと連携しながらエスカレーションしていくが、あくまでも現場がイニシアチブを取っている。DX推進組織を本社やIT部門側に設けて推進する企業が多い中、池口氏は「IT部門や情報システム部門が構築するシステムと、現場が利用したいシステム、データには乖離が生じてしまう。その溝を埋めていくためにも現場が主導権を握りながら、DXをやり遂げていける環境構築を目指しました」と話す。IT部門には監査を中心として見てもらっているという。
そんな池口氏が最初に着手したのは、“ありたい姿”としてグランドデザインを描くこと。どのようなデータをどういう形で取得していくのか、現場環境が異なっても同じ精度で得られるための環境構築を進めていった。そして、セキュリティの関係からオンプレミス環境での構築はもちろん、リアルタイムで可視化でき、自分たちだけで作りこめることに加えて、「現場の作業者も馴染みやすいように、紙で運用している帳票に近い状態で出力できることが決め手となり、『MotionBoard』を導入しました」と池口氏は説明する。PDCAを高速で回し、的確な判断を下すためには、今まさに何が起きているのかをリアルタイムで把握することは欠かせない。また、前述したように現場主導でのDXを進めていく上では、ローコード/ノーコードで“現場に則した”アジャイル開発が実現できるメリットは大きいという。さらに、鈴鹿製作所の近くに富士フイルムマニュファクチャリングの事業所があり、先んじでMotionBoardなどを活用していた同社と共創していけるとも考えた。
定着化の鍵は“食堂メニュー”のデジタル化? 「また失敗するぞ」から「一緒にやりましょう」へ
とはいえ、MotionBoardを導入しただけでは仕組みは作れない。そこでデータを取得するために整備したのが生産設備にある各製品群だ。制御装置であるPLC(Programmable Logic Controller)からデータを取得し、CSV形式に変換した後にFTP通信でサーバーへ転送。ETL処理後にデータベースへと格納されると、この段階でMotionBoardによってビジュアル化をして、担当者の手へとデータが渡る。なお、一連のシステム構築やデータベースのチューニングなどは、運用・管理も含めてアウトソーシングせずに現場だけで自立運用している。
実際の講演では、MotionBoardで作成されたラインの生産状況を見える化したボード、トレーサビリティや刃具交換など、用途別に細かくカスタマイズされた様子が動画として公開された。生産状況の見える化では、リアルタイムで稼働状況を可視化しており、計画に対しての製造台数、製品がラインを流れる順番などが図式化されている。また、製品ごとに固有番号を発番することで日次ベースで追跡できるようにしており、探し出す手間が減ったため担当者の工数削減にもつながっているという。
実際の「MotionBoard」活用の動画は、アーカイブ配信で配信中!
鈴鹿製作所における製造現場DXの中核を担っている「MotionBoard」について、講演当日に行われた詳細なデモの様子をアーカイブ配信でご覧いただけます。2024年2月末までの限定配信となっておりますので、見逃しのないようお早めにご視聴ください。
一見すると、現場に則した形で作りこみが行われており、現場にもすぐに受け入れられたような印象を抱くが「実際には過去に同様のシステムを何度も立ち上げては失敗しており、現場には不信感が募っていました。マイナスからのスタートでしたね」と池口氏は振り返る。そもそもMotionBoardを利用しようとする担当者が少なく、活用してもらえそうなボードを作っても興味すら持ってもらえなかったという。
そこで、これまでのイメージを払拭するために作成したものが“食堂メニュー”だった。「まずは、ログインして触ってもらうことで『難しいものではない』と感じてもらうことを大切にしました。これがとても好評を呼び、文房具などの発注システムなども組み込んでいくことで裾野が広がり、『MotionBoardを使えば、他にこんなことができるのか」と理解が深まっていきました」と池口氏。一見すると製造現場のDXから離れているかもしれないが定着することこそが重要であり、現場が喜ぶ情報を作っていき、1人ひとりひざを突き合わせて議論を交わし、電源の入れ方から教えてきた。その成果が少しずつ実を結んでいき、業務にも有効だと気づいてもらえた結果が前述したような完成度の高いボードにつながっているという。
また、製造現場における活用ならではの工夫も見られる。たとえば、手袋をしている現場従業員が入力しやすいように、デフォルトのボタンの大きさや配置などを変えたり、スライダーではなくプルダウンメニューにしたりと、細かな使い心地はスクリプトを記述することで調整。現場の作業机にはタブレット端末だけでなく、大型モニターを配置するなど「机の上から紙が無くなり、モニターやタブレットから操作する光景が日常的に見られるまでになりました」と池口氏は話す。
こうした細部に至るまでの工夫もあり、日報における紙帳票は月に500枚、集計工数も月換算で500時間の削減に成功。加えて、品質や生産目標も多くの項目で改善・達成するなど、DXの効果が着実に現れている。
「当初は『また失敗するぞ』『人を減らすつもりか』『困ってない』などと言われていたが、現場にデジタルが浸透してきたことで『一緒にやりましょう』『楽になった』『教えてください』という言葉が聞こえるようになりました。まさに、数字だけでなく“製造現場DX”を浸透できたことが最大の功績だと感じています」と池口氏。今後は、社会課題の解決に挑戦していくためにも“AIとの共同”にもチャレンジしているとして、今の取り組みを加速させていくと意気込みを見せた。