オリックス銀行が「HARC」採用 DXでシステム運用課題が顕在化
オリックス銀行が採用したHARCは、クラウドコストの最適化、俊敏性と信頼性の両立、システム運用の自動化を支援するものだ。これを活用することで、クラウドのメリットを最大限に活かした「サービス・ファクトリー」[1]の実現を目指す。これにより、各種デジタルサービスにおける開発・運用の自動化を進めていく狙いだ。
DXやデータドリブン経営を推進する企業は多いが、実際にアジャイル開発やクラウドサービスを導入した結果、どのようなITシステム運用上の課題を抱えているのか。耳にすることが多いのは、開発チームが個別でかつ場当たり的に運用をしているケースだ。日立製作所 マネージド&プラットフォームサービス事業部 クラウドマネージドサービス本部 クラウド&デジタルマネージドサービス部の加藤雄三氏は、「DX推進にともなうアジャイル開発では、『作った人しかわからないから』と運用もその人に任せるようなケースが頻発しています」と指摘する。システムの信頼性や安定性だけでなく、セキュリティにかかわる問題が発生するケースがあるという。
また近年、外部向けのサービスなどが複雑化(さまざまなシステムを組み合わせて実現)するようになると、システム全体を正確に把握することが難しくなるケースも見受けられる。たとえば、障害などが発生した際に原因がすぐに分からず、特定するだけで時間と手間がかかってしまい、復旧までに多くの日数が必要となることもあるだろう。
さらに、サービスの利用状況について、その妥当性が十分に検証されないケースもある。利用状況に応じた適切なリソース量の検証が不十分で、システムのリソース状況とサービスの利用状況に乖離がある状態だ。システムリソースは潤沢に用意しているのにあまり利用されていない、そのような状況は当然ながらコストに影響する。特にクラウド利用においては、最適化されていなければ無駄なコストを払い続けることにもなりかねない。
従来、アプリケーション開発チームでは、新しいものを次々とリリースすることがKPIとされてきた。一方、運用側は既存の環境を高い信頼性の下で事故を起こさず、安全に稼働させることがKPIとなっている。異なるKPIの下、分業体制で進められていたために開発側はリリースすれば終わり、運用側も開発のやり方に口を出すこともなかった。
しかしながら、クラウドが浸透してきた中、これまで分業していた開発と運用がミックスされた状況にある。「DXでは開発と運用において、同じKPIを追求することになります」と加藤氏。そのためにサービスの高度化や最新化、信頼性の向上など、同じ目標に対して開発と運用がそれぞれの役割を果たす必要がある。ここで重要になってくるのは、共通言語をもちながらコミュニケーションを図ることだ。
[1] 従来的な手法から近代化された開発・運用手法への転換を意味する。参考:「Gartner、2024年に向けて日本企業が押さえておくべきクラウド・コンピューティングのトレンドを発表」(2023年11月15日、ガートナージャパン)
“継続的”な運用改善で高度化へ 日立が設定する5段階の成熟度モデル
この新しいクラウド運用の在り方について、日立は5段階の成熟レベルに分けている。何か問題が起きたら、その都度対応するような従来型の運用をレベル1としたとき、既知の問題に対してある程度自動的に対処できる水準がレベル2だ。ここまでは従来型の運用であり、レベル3以降はSREに沿った“新しい運用”を行うことになる。
レベル3は、何かが起きる前に予兆を捉えて対処するような“予測型の運用”であり、外部環境などの変化に応じて、障害やボトルネックを特定して排除する“予防型の運用”がレベル4だ。最終的には組織全体で文化として取り組み、継続的な改善や自動化の考え方が浸透しているような状態がレベル5となる。顧客企業が成熟度のどの段階にあるのかを確認し、どこを目指すかを顧客と一緒に考える。それがHARCのアプローチだという。同サービスは、一言で表すならばクラウドの運用改善サービスだ。Googleが提唱したSREという運用の方法論をベースに、日立ヴァンタラ(現 Hitachi Digital Services)で実績を積んできたノウハウとナレッジを日本でも展開している。
具体的には、顧客の状況や課題で変動はあるものの導入部分にあたるPlan、その後の改善施策を実施するBuild、Manageと3段階に分けられる(下図参照)。初期段階では導入アセスメント、前述した成熟度を見極めるためのマチュリティ・アセスメントサービス、クラウドコスト・アセスメントサービスが設けられている。
加えて、BuildとManageの段階に跨る形でSREマネジメントサービスとして、設計構築支援サービス、クラウドコスト・マネジメントサービスも提供しているという。
そして、今回のHARC導入においてオリックス銀行は、このマチュリティ・アセスメントサービスを利用している。現状の成熟度を可視化して課題を特定した上で、SREマネジメントサービスを活用した運用の改善に取り組んでいる状況だ。この取り組みは1回きりで終わるものではなく、継続的な改善サイクルを通じ、目標とする成熟度を目指すことになる。
では、なぜオリックス銀行はHARC導入に至ったのだろうか。
そもそも同行は、山一信託銀行が親会社の山一証券の廃業にともない、1998年にオリックスグループ傘下に誕生した。銀行業においては新形態銀行、いわゆる“ネット銀行”に該当し、特色のある商品やサービス、ニッチな領域に特化したビジネスを展開している。そのため店舗やATMがなく、通帳とキャッシュカードも発行していない。店舗やATM、決済機能を持たないことで、システムやオペレーションコストを削減した効率の良い経営を実現しており、魅力的な定期預金金利を提供している。
そうしたサービスを支えているのはITシステムだ。オリックス銀行では2021年度から中期的な経営戦略でIT・デジタルに注力するとして業務のデジタル化だけでなく、“ビジネスモデルの変革”を実現するためのDXを推進している。そのためにIT・デジタル人材を拡充することはもちろん、クラウドファーストを掲げたシステム基盤を新たに構築することで顧客体験、従業員体験の向上につなげる狙いだ。