着実に前進する「Suicaデータ」の利用
マーケティングだけでなく、経営企画や人事、R&D……データドリブン経営が謳われる状況下、今や「データ活用」は特定の部門に限られた話ではない。自社に眠っているデータを利用することはもちろん、いかに有用な外部データを使えるかがプロジェクト成功の鍵となる。その状況下、ビジネス拡大における一手として「データビジネス」に着手する企業は増えており、JR東日本も模索している1社だ。
同社は、累計発行枚数が1億枚[1]を超えているICカード「Suica」を有しており、そこに紐づく情報は、まさにビッグデータといっても過言ではないデータ量である。多くの企業にとっても新規事業の打ち手となる情報だろう。実際、2013年にはSuicaデータの外部提供を試みている。残念ながら利用者からの懸念の声を受けて頓挫したものの、経営ビジョン[2]で掲げられているようにSuica事業での営業収益拡大を狙うためにも、これを学びとして2022年に提供されたのが「駅カルテ」というレポートサービスだ。
駅カルテは、Suicaに紐づく生年月日や性別、乗降の利用履歴などを「非特定化処理」「集計処理」「秘匿処理」を経て、“統計データ”とした上で、マーケティング活動などに役立てられるようにレポート化するというもの。たとえば、特定の駅における乗降客数の推移、平日と休日での訪問地域の差異、駅利用者の属性、滞在時間などを知ることができる。「社内をはじめ、NewDaysやルミネなど、グループ会社でもデータを活用してきました。その中、外部からの要望も増え、沿線の価値向上・地域活性化にも寄与できると考えて提供に至りました」と話すのは、JR東日本の大橋昌宏氏。たとえば、駅ビルにおける店舗選定、メニュー設計などに活用し、一定の成果をあげているという。
なお、提供にあたっては、ジェイアール東日本企画と日立製作所の2社が販売パートナーとなっている。それぞれ提供形態が異なっており、ジェイアール東日本企画ではレポート単位での料金設定が設けられた上で、資料作成やデータ分析のサポートいったオプションサービスを提供。一方、日立製作所では、サブスクリプション型のWebサービス「Station Finder for Area Marketing」として提供されている。日立製作所 小池恵氏は、「統計データをグラフや図で可視化するだけでなく、検索機能を充実させたり、誰でも使えるような簡易レポート機能を追加したりと、わかりやすく利用していただけるよう工夫をしています」と話す。
先述したように新規出店計画や観光客の誘致、不動産開発など、マーケティング施策に利用されるケースは多いが、意外にも自治体や教育機関からの引き合いもあるという。自治体では、街づくりの計画を策定する上で居住率を推定したり、駅周辺の再開発プランの参考にしたりと、「推計値ではなく、実数であるという点でも好まれています」とJR東日本 石田雄一氏は述べる。また、データサイエンス学部などが増えている中、大学では研究において利用されたり、小学校の授業ではデータの利用状況を知るために活用されたりと、想像以上に活用シーンが拡大していると話す。
なお、駅カルテには、2017年度以降の首都圏エリアを中心とした約600駅分(福島県から長野県ほどのエリア)のデータが蓄積されている。適宜アップデートもされており、たとえば他ICカードなどを含めた全体数を把握しやすいように、Suicaだけの利用率を駅ごとに確認できるようになった。そして、2024年10月から提供されているのがオープンデータを組み合わせた「駅カルテ 消費ポテンシャル」だ。
[1] 『JR東日本グループレポート(統合報告書)2024』(東日本旅客鉄道株式会社)
[2] 『JR東日本グループ経営ビジョン「変革2027」』(東日本旅客鉄道株式会社)