交通系ICに一石を投じた「タッチ決済」という選択肢──三井住友カードが挑むMaaS構想の現在地
「180の交通事業者が一つのクラウドでつながる」 移動と消費をつなぐデータ活用の在り方

交通系ICが浸透する日本の公共交通に、クレジットカードなどのタッチ決済を導入する動きが加速している。先陣を切るのは、三井住友カードが提供する交通事業者向けソリューション「stera transit(ステラ トランジット)」だ。国際ブランドの非接触決済と、自社の決済プラットフォーム「stera」を掛け合わせたこのサービスは、移動と消費をデータで結びつけ、より柔軟で先進的な移動体験をもたらすことを目指している。2025年3月にはMaaSプラットフォームの稼働も始まり、新たな展開を迎えた今、その狙いや背景、今後のビジョンについて、同社 Transit本部長 兼 Transit事業企画部長 石塚雅敏氏に話を聞いた。
コロナ禍が後押しした交通決済の多様化
石塚氏は、長年にわたりカード発行やプロセシング(クレジットカード決済の裏側を支える処理)業務の企画に携わってきた。その後もモバイルペイメントやApple Payの立ち上げに関わるなど、新たな分野での事業推進を一貫して担っている。そうした経験をもつ石塚氏は、2018年の冬ごろから、タッチ決済による交通乗車の構想を描き始めていた。
「2016年に日本でApple Payが導入され始めたころから外国人旅行者が急増し、政府も観光立国を掲げていました。2018年には、翌年からVISAカードへのタッチ決済標準搭載が広がる見通しもあり、海外ではタッチ決済での交通乗車が徐々に広がっていた状況でした」と石塚氏は当時を振り返る。
その後、2018年時点の日本におけるキャッシュレス比率は24.1%だったが、2024年には42.8%まで上昇。市場規模も約70兆円から約140兆円へと倍増した。
「キャッシュレスを真に普及させるには、人々の日常生活のあらゆる決済シーンで現金の代替となる必要があります。コンビニや自動販売機と並んで、日本では交通乗車が日常生活の重要な要素。この市場が開拓できれば、キャッシュレス化は大きく加速すると考えました」(石塚氏)
しかし当初、この構想への理解は社内外ともに得にくかったという。というのも、日本ではSuicaに代表される交通系ICが公共交通機関における決済方法のスタンダードであり、交通系ICに広く用いられている「FeliCa」と比較しても、当時のタッチ決済は処理速度がわずかに遅いという懸念があったからだ。
転機となったのは、2020年春のコロナ禍によるテレワークの普及だったという。それまで画一的だった通勤パターンが多様化したのだ。「テレワークを週に2日以上導入している会社では、定期券を買っても割高になってしまう場合があります。より柔軟な移動手段が求められるようになっていきました」と話す。

stera transitの最大の特徴は、クレジットカードベースの後払いシステムにある。「交通ICはタッチしたら即座に残高から引き落とされますが、タッチ決済は1日分の乗車を後からまとめて請求する後払い方式です。この特性により、利用者の行動に応じて柔軟な料金設定が可能になります」と説明する。
具体的な事例として、横浜や福岡で導入されている上限運賃制度を挙げる。従来、電車を多く利用すると割安になる1日乗車券は事前の購入が必要だったが、stera transitによって、結果的に電車を多く利用した乗客に対して、1日乗車券相当の金額で自動的にキャップをかけることが可能となる。利用者は事前手続きなしに、自分のライフスタイルに合った最適な料金が適用される仕組みだ。
この仕組みはロンドンなど海外でも導入されており、「何も考えなくても最適な料金設定になる」という点で利便性が評価されている。横浜、福岡、鹿児島、沖縄の各交通機関など、国内でも導入する交通機関が増えているという。
現在、stera transitは約180社の交通事業者での導入が公表されている。普及の追い風となったのが、改札機の更新サイクルがstera transitの導入時期と重なったことだ。「自動改札機の耐用年数は約10年で、2020年代前半はちょうど日本の改札機が一斉に更新される時期でした。事業者が次の10年を見据えて投資を検討するタイミングと、我々のサービス提供開始が重なったのです」と石塚氏は語る。
活用が広がるstera transitだが、2025年3月から次のステップへと歩みを進めている。それが「MaaSプラットフォーム」構想だ。石塚氏はこれについて「すべての交通事業者が一つのクラウドでつながるstera transitによって実現する、今までにないMaaSサービスです」と話す。
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森 英信(モリ ヒデノブ)
就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務とWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業した。編集プロダクション業務では、日本語と英語でのテック関連事例や海外スタートアップのインタビュー、イベントレポートなどの企画・取材・執筆・...
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