なぜ企業は今、マスタデータ管理に本腰を入れるのか?──3年で4倍に拡大中のMDM企業CEOに訊く
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AI導入で成果が上がらない企業が増える中、「根本原因はデータ品質にある」と指摘するのはマスタデータ管理(MDM)を提供するStibo Systemsだ。創業230年のデンマーク企業を率いるエイドリアン・カーCEOが来日し、「ゴミを入れればゴミが出る」というAI時代のデータ整理の重要性、日本市場で3年間で4倍の成長を遂げた同社の戦略について語った。MDM導入の壁から競合の動きまで、データ管理の最前線に立つ経営者の洞察を聞いた。
230年前「聖書印刷」が起源 MDMへの転換点は?
Stibo Systemsの起源は1794年までさかのぼる。「我々は230年前に設立された私企業で、最初の事業は印刷でした。具体的には、デンマーク王のために聖書を印刷することから始まったのです」とカー氏は説明する。
その後、事業は時代とともに進化し「聖書の印刷から電話帳に移り、最終的に商品カタログ、衣服や電気製品のカタログに移りました」と話す。そして1970年代に転換点が訪れる。「誰かがこのデータをコンピュータに載せました。これがマスタデータ管理の始まりです」。
カー氏はMDMの基本概念についても説明した。データには主に2種類あり、1つがトランザクションデータだ。購買などの取引に合わせて常に変化する動的な情報で、これはMDMの対象ではない。一方、何を販売しているか、サプライヤーは誰か、顧客は誰かといった、あまり変動しないが100%正確でなければならないのが「マスタデータ」であり、MDMの対象となる。
同社のミッションは明確だ。「信頼できるデータまたはクリーンなデータを提供することです」とカー氏は語る。より良いデータ環境をつくり、ビジネスをより良くし、社会に貢献しているという。
現在の同社の事業規模は、2024年の売上高は約1億9000万ドルに達し、従業員は世界で800名を擁する。顧客数は約600社で、世界最大級のブランドが名を連ねており、「世界のトップ10小売業者のうち7〜8社が我々の顧客です」とカー氏は語る。ソリューション提供は80の地域パートナーが支えており、アクセンチュア、デロイト、PwCなどの大手コンサルティングファームが主要パートナーだ。
特筆すべきはStibo財団による信託形態での運営で、銀行や投資会社は一切関与していないということ。この構造により長期的視野と安定性を確保し、顧客価値に集中できる。
最近の成長についてカー氏は「MDM市場の2024年の成長率が8%だったのに対し、我々は約15%成長しました」と話す。特に日本市場の成長は著しく「米国でも大きく成長していますが、依然として小さいもののアジア太平洋地域は成長しており、中でも日本は最も成長が速い市場です」と付け加えた。日本市場での急成長を背景に、日本法人の体制は1年半前にわずか3人だったところ、現在は12人近くまで拡大しているという。
複雑化するデータ管理に、アディダスや良品計画などが採用
Stibo Systemsは商品カタログの印刷事業から発展してきた経緯もあり、製品データの管理から事業を拡大してきた。現在、同社のMDMで管理する主要領域は、顧客、拠点、サプライヤー、製品、顧客体験、サステナビリティなど多岐にわたる。
企業が管理すべき商品データは複雑化している。同じ商品でも、消費者向けと流通業者向けでは必要な情報が大きく異なるためだ。消費者にはサイズや重量などの基本情報が必要となるが、流通業者には1箱の個数やパレット重量といった物流情報が重要になる。
さらにデータの種類も急激に拡大している。従来のテキスト情報に加え、写真、動画、音楽などのマルチメディアコンテンツが増加し、顧客の購買体験に直結。新たなデータカテゴリーとして、商品のカーボンコストなど環境負荷に関するサステナビリティ情報も重要性を増している。
実際の活用例として、カー氏は「マリオットホテルのWebサイトを見ると、そこにある情報はStibo Systemsに保存されているデータが使われています」
と例を挙げて説明。また、「アディダスから靴をWebサイトで購入する場合、地元の小売業者であっても、データは依然としてStibo Systemsから直接来ています」と付け加えた。国内では塩野義製薬が、2025年1月に日立製作所とMDMの高度化と普及に向けた開発・実証プロジェクトに取り組むことを発表[1]し、7月に「Stibo Systems MDM」を導入し一部運用を開始しているという。[2]
また、5社統合の複雑な背景を持つ建材会社のLIXILは、従来の分厚い紙カタログをデジタル統合する際にStibo Systemsのプラットフォームを活用している。ネットスーパー「Green Beans」を展開するイオンネクストでは、千葉フルフィルメントセンターにおいて、どの商品をどう集荷し、どのトラックで効率的に配送するかという物流情報の管理に活用しているという。
特徴的なグローバル展開事例として挙げられたのは良品計画だ。同社は当初、日本で企画した商品を海外展開していたが、現在は各地域のローカルアイデアを取り入れた商品開発に転換している。商品開発の途中段階の情報から、グローバルに商品を届けるサプライチェーン全体まで、一連のプロセスをStibo Systemsで一元管理しているとした。
[1] 塩野義製薬・日立製作所プレスリリース「塩野義製薬と日立、データと生成AIなどを活用した革新的な医薬品・ヘルスケア業界向けサービス創出に向けた業務提携を開始」(2025年1月22日)
[2] Stibo Systemsプレスリリース「塩野義製薬株式会社がStibo Systemsの
マスターデータマネジメントソリューション『Stibo Systems MDM』を導入」(2025年7月9日)
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森 英信(モリ ヒデノブ)
就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務とWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業した。編集プロダクション業務では、日本語と英語でのテック関連事例や海外スタートアップのインタビュー、イベントレポートなどの企画・取材・執筆・...
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