
日本におけるオブジェクト指向開発の第一人者の萩本順三氏が開発した「匠Method」は日本企業の強みを活かしながら、価値起点でビジネスをデザインする手法だ。「知・情・意」の3つの思考を統合し、ステークホルダーの価値から逆算して要求を創造していく。2025年6月、三菱電機のパートナー企業との共創拠点「Serendie Street Yokohama」において、デジタルホワイトボードサービス「Miro」と匠Methodを組み合わせた事業開発の実践事例が発表された。
なぜ「日本的ものづくり」の強みが活かされていないのか?

今回のイベントの基調講演を務めたのは、日本のオブジェクト指向開発の第1人者であり、ビジネスデザイン手法「匠Method」の開発者として知られる萩本順三氏。同氏は、日本のものづくりがグローバルで高く評価されてきた本質を、多様な事例から紐解いた。
「新幹線の定時走行、そして“7分間の奇跡”と呼ばれる清掃作業。シャワートイレ、日本製文房具の使いやすさ、100円ショップの豊富な品揃え──これらの背後には、使い手を思い、細部まで工夫を重ねる日本ならではの精神がある」(萩本氏)
萩本氏はまた、具体的な事例として日本のお菓子やラーメンの豊富な種類、決して緩むことのないハードロックナット、世界的ベストセラーとなったホンダのスーパーカブなどを挙げた。これらの製品に共通するのは「小さな改良の積み重ね」と「安心・安全・快適・便利さを徹底的に追求する姿勢」であり、これこそが「日本的ものづくり」の特徴だと述べた。

この「日本的ものづくり」の源泉を、萩本氏は次の3つの精神性に集約する。
- ホスピタリティ(相手を想う心)
- 仕事道(我が道を究める心)
- 匠の技(卓越した技の追求)
「この3つが融合することで、世界が驚く製品が生まれてきた。しかし同時に、日本人は自分の誇るべき強みを表に出さず、他者から評価されて初めて価値を自覚する傾向がある。結果として、ブランド化や発信力が弱く、せっかくの強みを十分に活かしきれていない」と、萩本氏は警告する。
さらに日本企業が直面している構造的な課題について、萩本氏は「長年の知識や慣習に安住し、『なぜ』という本質的な問いを忘れてしまう危険性がある」と強調した。
「今となっては無駄・無価値なものが慣習として残り、機能はたくさんあるが誰も使わない製品が生まれる。これは、まさに手段が目的化してしまった典型例。顧客や社会の『本当に欲しい価値』が見えなくなっていることが問題だ」
この現状を打破するために必要なのが、「価値起点」での発想と、そのための新しい事業開発プロセスだという。
匠Method──「知・情・意」の統合でビジネスを再設計する
萩本氏自身、27歳で経理職からIT業界に転身し、独学でソフトウェア工学を学び、1995年以降オブジェクト指向方法論Dropを築き上げ、2000年に株式会社豆蔵を設立した。その後、臨床検査企業のシステム開発の中で要求開発方法論の初版を書きおろし、2008年からはビジネスデザイン手法として「匠Method」を進化させてきた。
匠Method最大の特徴は、「知」「情」「意」という3つの思考領域を"モデル"として統合・可視化し、ビジネス開発の全体像をチームで共有できる点にある。
- 知──論理的思考で技術や手段を形成する(理性・分析・ロジック)
- 情──ビジネスの重要なステークホルダー(関係者)の価値や感情を読み取り、デザイン思考で反映する
- 意──自分たちの未来やビジョンに向けた強い意志をコンセプトとして打ち出す
「この3つを図式化することで、プロジェクトの全員が"共通の物語"を持てる。"やりたいこと"や"やるべきこと"からではなく、"どんな価値を誰のために創るのか"という逆算的な思考が、イノベーションの源になる」と、萩本氏は語る。

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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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