
2025年度から、新中期経営計画「By Your Side」を掲げたスズキ。2030年度に売上8兆円、営業利益8000億円を目指すスズキでは、DXは単なるIT改革を超え、企業文化そのものを進化させる力として位置付けられている。このDXの根底にあるのが「中小企業型経営」という独自の精神だ。グローバル企業でありながら、現場に近い判断や迅速な実行を重視する姿勢は、DXの進め方にも色濃く反映されている。どのように現場を巻き込み、全社的な変革を進めてきたのか。テックタッチCEOの井無田仲氏が、全社DX推進を担うシニアフェロー 鵜飼芳広氏に大胆な経営目標の裏側で進む、“DXの実像”について聞いた。
「まずやってみる」この姿勢で進めたDX
井無田仲氏(以下、井無田):鵜飼さんは現在、スズキで全社のDX推進を担っておられます。長年にわたり情報システム部門をけん引され、2019年にはIT本部長、2022年からは常務役員としても全社的なIT・DX戦略を推進されてきました。まずは、これまでのご経歴とDXに対するお考えについて教えてください。
鵜飼芳広氏(以下、鵜飼):2025年4月からは、新設された「シニアフェロー」として、社長直属の立場で全社横断のDXに取り組んでいます。経営が全体を俯瞰して見る視点と、現場の部門ごとの課題認識との間にあるギャップを埋め、組織全体を一つの方向に向かわせることが私のミッションです。
1990年代にアメリカ・ロサンゼルスに8年間駐在しており、Windowsやインターネットの普及が急速に進む台風の目の中にいたことで、現地でのスピーディな技術革新と、それを前向きに受け入れるカルチャーに大きな刺激を受けました。
井無田:インターネット隆盛の現場にまさにいらしたのですね。
鵜飼:日本に比べて「まず試す」「失敗を許容する」文化が根付いていた。当時の上司もそのマインドだったので、多くのことにトライさせてもらいました。そうした環境に身を置いたことが、私が大切にしている「まずやってみる」という姿勢にもつながっているように思います。
井無田:その後、日本に戻られてからは、DXをどのように進めてこられたのでしょうか。
鵜飼:帰国後にまず感じたのは、テクノロジーの導入効果を経営に対して“どう見せるか”の難しさでした。現場からは「手間が減った」「便利になった」という声が上がっても、それを経営成果につなげて定量的に説明することは簡単ではありません。
特にDXの取り組みは、初期段階ではコストが目立ちやすく、効果が出るまでに時間がかかるものも多い。デジタル化でデータは取れるようになっても、すべてをロジックで割り切れるわけではないというジレンマもありました。
だからこそ、現場に寄り添いながら少しずつ成果を積み重ね、見える化できる部分は丁寧にデータとして示す。そうした積み上げを通じて、経営が納得できる投資判断の材料を提供できるよう意識してきました。
役員が学ぶことで、社員の学ぶ姿勢を刺激
井無田:スズキにはDX推進において、経営トップ自らが“先頭に立つ”文化が根付いていると伺いました。具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか。
鵜飼:「新しい技術は役員が率先して触れる」という文化が根付いています。今の時代において正しい経営判断をするためには、役員こそデジタルに強くなくてはならないとの考えから、2022年6月3日に「役員・本部長が業界No1のデジタルチームになる」と宣言し、その後は年に6回の役員向けのDXハンズオン研修を実施しています。

1983年入社。1993年から8年間アメリカのIT部門に駐在。2019年にIT本部長、2022年に常務役員を経て、2025年4月より現職
研修では、IT部門の社員が講師を務め、入社1~2年目の若手社員が役員の隣でハンズオンのサポートをし、ローコードアプリの作成やハッキングの疑似体験など、実際に手を動かしながら、最新のデジタル技術の原理原則を学ぶのです。
井無田:おもしろい取り組みです。驚くほどフラットな組織体質なのですね。
鵜飼:そうありたいと思っています。他にも、役員には2024年4月から28冊の課題図書が課されており、その読了ペースや各書籍から得た学びの自己評価をパーセンテージで全社員に公開しています。読書の進捗をオープンにすることは少し気恥ずかしさもありますが、経営層自らが学び続ける姿勢を示すことは、社内への大きなメッセージになると考えています。
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- この記事の著者
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井無田 仲(イムタ ナカ)
テックタッチ株式会社 代表取締役慶應義塾大学法学部、コロンビア大学MBA卒
2003年から2011年までドイツ証券、新生銀行にて企業の資金調達/M&A助言業務に従事後、ユナイテッド社で事業責任者、米国子会社代表などを歴任し大規模サービスの開発・グロースなどを手がける。「ITリテラシーがいらなくなる...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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中釜 由起子(ナカガマ ユキコ)
テックタッチ株式会社 Head of PR中央大学法学部卒。2005年から2019年まで朝日新聞社で記者・新規事業担当、「telling,」創刊編集長などを務める。株式会社ジーニーで広報・ブランディング・マーケティング等の責任者を経て2023年にテックタッチへ。日本のDX推進をアシストするシステム利...
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