【1】対象製品の特定・適合性評価ルートの識別
まず着手すべきは、自社製品の徹底的な棚卸しです。CRAは「デジタル要素を含む製品」すべてに適用されます。ここで注意すべきは、自社開発製品だけではありません。他社から調達したモジュールを組み込んだ製品や、外部に開発を委託した製品であっても、自社ブランドで販売する以上、すべての責任は「ブランドオーナー」である皆さまに帰属します。
アクションのポイント
まずは、附属書ⅢおよびⅣに基づいて、全製品を「非重要(デフォルト)」「クラスⅠ(重要)」「クラスⅡ(極めて重要)」に分類する作業を最優先しましょう。特に、産業用制御機器(PLC)やスマートメーター、ネットワークインターフェースなどを扱っている場合、クラスⅠ以上に該当する可能性が高いです。もしクラスⅠ以上に該当すれば、自己宣言ではなく第三者認証(ノーティファイドボディによる評価)が必要となる場合があります。
欧州の認証機関(DEKRAやTUVなど)のキャパシティは、世界的に不足することが確実視されています。上市スケジュールから逆算し、外部評価が必要な製品については今すぐ認証ルートを確定させ、評価枠の仮押さえを検討しましょう。
【2】製品セキュリティ規程・標準の整備
CRA第13条「製造者の義務」を果たすためには、組織の「憲法」となるセキュリティ規程を整える必要があります。「うちはこれまでもセキュリティに気をつけてきた」という精神論ではなく、客観的な証跡として残るプロセスが求められます。品質的には、「プロセス品質」を確保することを指します。
アクションのポイント
既存の品質管理フロー(QMS)をベースに、セキュリティのチェックポイントを統合していきましょう。
- 企画フェーズでのセキュリティ要件定義
- 実装時の静的・動的解析(SAST/DAST)
- 出荷前のペネトレーションテスト
- 各プロセスの証跡確認項目
といったことを、標準的な開発工程とレビューポイント(ゲート)として明文化していきます。 また、同様に出荷後のサポート(脆弱性対応)のプロセスも必要です。
ここで特に現場が苦労するのは、CRA特有の「24時間以内の早期警告」への対応です。従来の不具合対応のスピード感では、欧州当局への報告期限に間に合わないでしょう。また、どこを24時間のカウントダウン起点にするか、そこも規程上で明確にしなければ、報告過程で混乱します。欧州拠点のメンバーと認識を合わせて、協力的に対応できるように脆弱性対応プロセスを整備し、プロセス通りに動けるか試行することも大切です。
【3】CRA対応主管部門の特定と欧州連携
CRA対応を日本の本社だけで完結させることは不可能です。欧州市場でビジネスを行う以上、欧州拠点や輸入者・販売者との役割分担が成否を分けます。
アクションのポイント
- 技術的な解析やパッチ作成は日本の本社PSIRT
- 当局への報告窓口は欧州の現地法人
といった役割分担を、あらかじめ契約や職務記述書(Job Description)などで明確にしておきましょう。欧州の担当者(特に欧州代理人)は、現地の市場監視当局から直接問い合わせを受け、説明する立場になります。
CRAは製造者だけでなく、輸入者と販売者にも「セキュアな製品の流通責任」を課しています。彼らが迅速に説明責任を果たせるよう、製品ごとの技術文書(Technical Documentation)の保管場所を共有クラウドなどに集約し、緊急時のコミュニケーションラインを「英語」で、かつ「時差を考慮した運用ルール」として確立しておきましょう。現地の認定代理店とも、誰が最終的な法的責任を負うのか、事前に書面で合意形成を進めることが肝要です。
【4】ライフサイクル全体を支える教育・訓練
CRAは、製品ライフサイクルに関わる全従業員が、義務を遵守するためのスキルを有していることを保証するよう求めています。「一部の専門家だけが知っている」状態では適合とはいえないでしょう。
アクションのポイント
デジタル要素を含む製品の製品ライフサイクル上に関わる、すべての職種に応じた「役割別教育プログラム」を策定し、実施記録を残しましょう。開発者には「セキュアコーディング」や「脅威分析(STRIDEなど)」の実技を、保守や営業、広報担当には「顧客から脆弱性の指摘を受けた際の、パニックにならない初期対応」の研修などを徹底します。
特に、「疑似的な脆弱性報告」を用いた机上演習(シミュレーション訓練)は多くの関係者を交えた大切な取り組みになります。なぜなら、特定の世界的に有名なブランドを持つ製造者でない限り、脆弱性報告を受ける実体験を得る機会が少ないためです。「ユーザサイトで脆弱性が原因による不具合報告のメールが届いた」という想定で、脆弱性による不具合か否かを誰が見極めるのか、また該当していた場合は、誰が脆弱性の認知と報告内容を整理するのか。誰がいつまでに改修(安全な状態への復旧)が可能かを見積もるのか、それらを脆弱性認知から何時間で欧州当局に第一報・第二報を入れられるのか、などなど。
このプロセスを実際に動かしてみることで、規程の記載通りに「動けない」課題が浮き彫りになり、組織の即応力は劇的に向上します。訓練結果を改善に活かすサイクルを回しましょう。
【5】根拠となるリスクアセスメントの実行
すべての対策の「根拠(ラショナール)」となるのが、リスクアセスメントです。根拠のない対策は、過剰なコストを生むか、あるいは致命的な対策漏れを招きます。
アクションのポイント
従来の「IT資産の保護(情報の漏洩防止)」という視点に加え、CRAが重視する「ユーザーの身体的安全(セーフティ)」と「データの機密性・完全性」にも焦点を当てて、脅威分析・リスクアセスメントが設計の最上流工程で必ず実施されるよう、また実施状況がレビューで確認されるよう、社内規程で定めましょう。
たとえば、「この通信ポートが乗っ取られた場合、機械が異常動作して作業員を物理的に危険にさらすか?」といったシナリオを具体的に検討します。実現し得る場合は、当然このシナリオによるリスクは低減すべきリスクとして選定されます。「リスク低減策としてコストパフォーマンスが良い方法は何かを見極め、一番実施しやすい対策手法を選定し、セキュリティ設計要件とした」といった検討過程と結果を「リスク評価報告書」としてドキュメント化し、なぜその機能を実装したのか、あるいはあえて実装しなかったのかを論理的に説明できるようにしておきましょう。これが適合性評価において、欧州当局を納得させるための最強の証拠書類となります。
今回は、CRAの要件対応に向けた「組織面」のポイントをいくつか解説しました。しかし組織が整っても、製品そのものが脆弱であれば、欧州市場へのパスポートである「CEマーク」を貼ることは許されません。次回(最終回)は、製品に求められる具体的な「技術的実装」の勘所、サプライチェーン管理の要である「SBOM」、そして、これからの製品セキュリティが進むべき「将来の姿」について、さらに深掘りして解説します。
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伊藤 公祐(イトウ コウスケ)
GMOサイバーセキュリティbyイエラエ株式会社 グローバル戦略本部 執行役員組込みセキュリティ、製品(IoT)セキュリティのガバナンスに2006年より従事。大手電子機器メーカーの製品セキュリティインシデント対応チーム(PSIRT)を立ち上げ、リーダーとして全社の製品セキュリティポリシーや製品セキュリ...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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