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EnterpriseZine(エンタープライズジン)

EnterpriseZine編集部が最旬ITトピックの深層に迫る。ここでしか読めない、エンタープライズITの最新トピックをお届けします。

『EnterpriseZine Press』

2026年冬号(EnterpriseZine Press 2026 Winter)特集「AI時代こそ『攻めの経理・攻めのCFO』に転じる」

耐量子暗号移行への道筋──2035年に間に合わせる経営・技術・運用の3視点

量子脅威の到来「2029年説」が現実味を帯びる “猶予わずか”の今から始めるPQC移行

第1回:日米欧の規制動向とエンタープライズの実態から読み解く

IT部門だけでなく「経営課題」 年度内のスタートは“必須”

 ITシステム内で利用される暗号技術に関しては、過去には脆弱性が発見されたり、古い暗号が解読されてしまって全面更新を余儀なくされたりといったことがあった。古くは、DES(Data Encryption Standard: データ暗号化基準)が無効化されてAES(Advanced Encryption Standard: 高度暗号化標準)に切り替わったのもそうだし、現在広く活用されているRSA暗号も段階的に鍵長を延長するなどの対応がとられている。しかし、PQCへの移行はより大規模な取り組みとなる可能性が高く、その影響の大きさを踏まえてIT部門だけに任せきりにはできず、経営課題と位置づけて取り組むことが重要だ。

 実際の対応の進め方に関しては、たとえばキンドリルでは次の5つのフェーズで進めていくことを推奨している。

  1. 暗号資産の可視化と棚卸し
  2. リスクとビジネスインパクトの評価
  3. アーキテクチャ設計とPQC戦略
  4. PoCと性能検証
  5. 移行ロードマップとガバナンス

 特に重要なのは、組織内で使用されている暗号資産の把握で、CBOM(Cryptography Bill of Materials:暗号部品表)を作成して可視化していくことを推奨している。こうした取り組みはソフトウェア全般に対してSBOMという形で取り組まれていることから理解しやすいだろう。現状把握ができれば、あとは重要なところから順序よく進めていけばよいのだが、今後の作業時間を考えると2026年度中には全社プロジェクトとして取り組むという意思決定をしておくことが必須と言える。

 なお、暗号技術の更新は純粋にソフトウェアの問題と捉えられがちだが、暗号処理は負荷の重い処理の一つであり、ハードウェアアクセラレーションの活用を前提に考えることが必要だ。強力な暗号アルゴリズムは複雑な数学的問題に基づいており、暗号化/復号化処理自体にも多大な計算負荷をともなう。外部からの接続の入口となるVPN装置などでは暗号処理の高速化のためにハードウェア・アクセラレータを装備するのが一般的だが、PQC移行で暗号処理はさらに重くなり、処理遅延が発生する可能性も考慮する必要がある。機器更新の可能性も考えると、想定されている更改サイクルを踏まえて予算の確保などに配慮しておく必要もあるだろう。

 また、量子コンピュータもPQCも発展途上であり、開発の進展にともなって今後も様々な変化が立て続けに起こることが想定される。そのため「単にRSAからPQCに入れ替える」という対症療法的なアプローチではなく、この機会に暗号アジリティを備えた基盤構築に取り組み、今後は迅速かつ低コストで暗号技術の更新ができるようにしておくべきだ。こうした取り組みは部門最適なシステム設計では効果が限定されるため、全社横断的な統合基盤として構築することが重要である。その観点からも、経営課題として全社規模で取り組みを進めていくことが不可欠となる。

発展途上の技術ゆえ、場当たり的な対応ではなく、長期的な視点

 サイバー犯罪者の攻撃手法は急速に高度化しており、相応の予算を掛けて防御態勢を構築したはずの大企業であっても長期間にわたる事業停止など、深刻な被害を受ける事案が相次いでいる。当該企業自身の被害に加え、サプライチェーンを構成する関係各社や社会全般にもダメージが波及することから、企業の社会的責任の一環としてセキュリティやレジリエンスに関して有効な取り組みを行うことが求められるようになってきた。様々なサイバーセキュリティ対策と同様、PQCへの移行も今後想定される深刻なサイバー攻撃に対する防御策の一つとして確実に実施していくことが必要だ。

 PQC移行は、量子コンピュータやPQCが発展途上の新技術であることに加え、影響範囲が広範であることから対応には時間を要することは間違いない。 PQC移行の規模と複雑性を踏まえると、まず暗号資産の可視化を進め、量子関連リスクが存在する領域を把握することが重要である。現状を把握すること自体は今すぐにでも着手できるので、まずはそこから始めてみてほしい。全体の作業規模が把握できれば、それを踏まえて現実的な対応策を検討する余地が生まれる。

 たとえば、全てを自社内で対応するのではなく、一部についてはクラウド移行した上でハイパースケーラーやクラウド事業者のPQC対応に期待するという対応も検討に値する。パートナー企業を含めた様々なベンダーと連携して進めていく必要もあるし、誰がどの部分まで責任を負うのかといった責任分界点の議論も必要になってくるが、いずれにしても全ての出発点となるのが現状把握であることに変わりない。

 PQC移行に関しては、HNDL攻撃のリスクを踏まえると今すぐにでも対応したいというニーズがある一方、今後の量子コンピュータや耐量子暗号アルゴリズムの技術的進化を受けて事態が流動化する可能性も考えられるため、拙速に陥ることは避けたい。このため、既存の暗号システムを単純にPQCに置き換えるといった継ぎ接ぎ対応ではなく、長期的な視点に立ってアジリティやレジリエンスを確保出来る全社的なシステム基盤の構築に取り組むという姿勢が重要になる。これまでのDXの取り組みが遅れている企業では、そうしたプロジェクトをバラバラに進めるのではなく、全社的なシステム基盤のモダナイゼーションの一環として位置づけ直すことが有効だ。

 次回は、どのような技術をどのように導入し、運用していくべきかといったより詳細な情報について紹介していく。

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この記事の著者

成尾 明久(ナルオ アキヒサ)

キンドリルジャパン株式会社 コンサルト・プラクティス事業本部 金融事業部長金融機関の全社DXや業務改革を中心に、ゼロベースでのBPR、デジタル化実現支援、AI利活用、オペレーションモデル変革、チェンジマネジメントなどに豊富なコンサルティング経験を有する。AIガバナンス、セキュリティ、人材変革やリスキ...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

吉田 卓(ヨシダ スグル)

キンドリルジャパン株式会社 セキュリティ&レジリエンシー事業部 コンサルト・プラクティス・リーダーサイバーインシデント対応、デジタルフォレンジック、eDiscovery、不正調査、規制対応、情報ガバナンス、データ保護領域での実務経験を有する。現在は金融業界を中心に、PQC移行戦略、AI時代の...

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